山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

雨の日はかなしい

雨の日は、さびしい。なにもなくても悲しい。
そして、なにもしたくない。
ずっとうずくまっていたくなる。

しかし、これでいいのだ。
生物の(というのは広すぎた)動物の習わしなのだ。

かつて私たちは洞窟などに暮らしており、
雨の日に外に出ると、濡れていたずらに体温を失うし、
視界が悪いから、天敵に狙われやすいから、
命の面から見ると、外に出ないで、なるべく体力を使わないように
洞窟の奥深くで、仲間同士折り重なって暖を取り、うずくまっていたのだ。
そうやって、祖先のかたがたは進化を乗り越えてきたのだ。

うちの犬たちはそうだ。
雨の日は散歩にいけないとしっている。
雨の日は運動しないとしっているから、いつもより少しご飯を残す。
そして、
私が出かける準備をしても、「ふうん、行くんだ」って目で見て、
晴れの日のように、ついて来たがらない。
『雨の日にでかけてもいいことないよ」って言ってるみたいに。

でも、本能を失ったバカで愚かで目の前のことしか考えられないヒトである私は、
雨の日なのに、散歩に行く。
行き先のフランス料理店もその後によった、カフェも雨だというのに、
いろんなひとがいっぱいいて、全然悲しくなさそうに話している。
合コンなんかもしている。 (関係ないけど、小さなフレンチで合コンしないでほしい。
しかも、モデルくずれか接客業の女性vsリッチおやじ。みたくないものを見た)

もちろん、私もいろいろ話す。話すけれど、話せば話すほど、悲しみがましてくる。
だんだん、自分は生きている価値がないのではないかと思えるほど落ち込んでくる。
一緒にいるひとには大変申し訳ない。
しかし、そのひとも漠然と落ち込んでいるから、お互い様で、
雨の日に、こんなことをしている自分達を悲しむことになる。

ほんの近所なのに、漂流している気分。

家に帰ると犬たちがたくさんいて、
(本当は2匹だけど、その愛情から百頭ほどにも感じる)
昨日読んだ本を見つける。
あ、本があった。舞城王太郎の「好き好き大好き超愛してる」
ぱらぱらめくって、少し気分が治る。
本はいいものだ。

あ、何を書いているのか。

いえ、単に動物は雨の日は、行動しないほうがいいよね、と言いたかっただけでした。

バカみたいだ。