山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

パクリについて

信じられないことだけど、今は、朝の7時で、きちんと起きてこれを書いている。
あー長かった、昼夜逆転生活。それも極めた結果、昨晩は、22時就寝、午前5時起床という、憧れの「早寝早起き」さんになったのだ。う、う、うれしー。このままのタイムテーブルが続くことを祈っている。

だって、午前中に起きていられるってことはー、図書館にも行けるし、太陽のあるうちに犬を散歩させられるし、だいたい、外に出ても暖かい。(いつも真夜中に外出していたので、すこぶる寒かった)

そんな気持ちのいい朝になんてテーマだろうとは思うけど、「パクリ」について。昨日の夕方、打ち合わせをしていた、その相手のひとが、彼がこれからやる企画書を見せてくれた。でも、その時、「簡単にいろんなひとに企画書見せないほうがいいですよー」という話になったのだ。

いろいろ企画やらシノプシス(映画やドラマのあらすじ)を書いて、いろんなところに持って行く。通る確率はそんなに高くないから、その企画書はそのまま宙に浮くわけだ。それから歳月が過ぎ、ふとみた作品に「あれ?これどこかで聞いたことのある内容だなあ」なんて思うことがあり、なんのことはない、かつて自分が書いたものだったりするわけだ。

じゃあ、それをすぐに訴えるかというと、大部分の作家(作る人、書くひと、全部を含めて)はそんなことはしないだろう。あまりにあからさまだった場合はともかく、法的に争って必ず相手がぱくった、と証明するのは難しいし、「訴えた」という業界的ダメージ、金銭的ダメージ、精神的ダメージが大きいから。そんな無駄なことやってないで、また、新しいもん、書けばいいか。とこうなる。

しかしなあ。パクルひとの心情というのはどういうものなのだろうなー。これくらいなら大丈夫だ、とか最初から自分も同じようなことを考えていたのだ、とか思っているのだろうか。なんだかなー。こういう時は、ぱくられた作品があたらないことを願うばかりである。