山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

進化するグラビアアイドル。


写真は、03年に行ったロンドンの公園。むし暑いので、涼んでいただければ・・くらいの気持ちでアップした。たぶん、本文には関係ございません。

最近のグラビアアイドルのひとたちの言動を聞いていると、やはり、もはや「女」ってコスプレなんだなと思えてくる。熊田曜子(こんな字だったか)さんなどが、グラビア用の顔をしてみせるのを見ていてしみじみ思った。本人も素の自分と撮られる自分、期待される自分を区別していて、使い分けを楽しんでいるようである。

ひと時代昔だったら、こういうのって文学のテーマになるわけでしょ。つまり、演じるわたしとほんとうのわたしが乖離している・・ってことで苦しむんだ。けれども、両方、肯定できて楽しめるのであれば、それはそれでいいわけだよね。「女的」コスプレを楽しんでも、素の自分に戻れる場所があれば、問題はない。まあ、過去(昔)は、女的コスプレのまま実生活も生きなくてはいけなかったから、つらかったと思う。例えば、吉原の女郎になったら、気分でこっちの世界に戻ってくるってわけにはいかなったでしょう。

思えば遠くにきたのだな、なんて思ったりして。一方、男性のほうは、相変わらず同じところにいるのかなーとも思う。昨晩、六本木のキャバクラを取材した番組を見ていても、キャバ嬢たちは、「客とは、恋愛してるって思わせて、店外デートしてやれば、どんどんお金使うよ」と客のことを評していた。知り合いでもキャバクラにはまるひとって結構いるけど、みんな同じセリフを言うよね。「客としてではなく、外で会ってるし、つきあってるんだよ」みたいな。女子のほうが、どんどん先をいってるのかもしれないなー。

キャバクラのことを書くつもりなかったんだ。けど、昨今のグラビアアイドルのひとたちのさばけ方を見ていたら、気持ちよく思ったんだよな。いけ、いけ、もっと遠くまで行けよ、って気分。たぶん、私がまだ抜けることのできなかった面倒な「女的なもの」を乗り越えた彼女たちの行く先が知りたいんだ。彼女たちはどんなテーマを持つのかな、それには興味あるな~。

そういう意味では長く生きていると面白いな~。違う時代の違うヒトを見ることができるのかな。一応遙かなことを考える、8月15日。61年前に戦争が終わったのだと思うと感慨ひとしおですが。