山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

韓国映画の強烈さが好き。



わけもなく、かわいいミニの笑顔。

今日は、「グエムル漢江の怪物」を見た。いやあ、こゆい映画だった。この濃さってやはり、韓国ならではだろうか。日本映画ってすでにこれほど濃いできあがりの作品が減っているように思う。

漢江はソウルを流れる、巨大な川。昨年、取材で韓国にいったとき、私もこの川を渡るフェリーにのり、フェリーの上から、ソウルの街を撮影した。高層マンションもみえれば、昔ながらの瓦屋根の家も見えて、韓国の今昔が映るように思ったんだ。実際の撮影日には雨が降っちゃって、ちょっと残念だった。けど、今日の映画のなかで、漢江はいつも雨に濡れていて、当時の印象と重なった。なんだか水の色が濁っていたんだよなあ。

これは漢江にすむ怪物と戦う家族のお話なんだけど、単なる怪獣映画じゃないよなあ。というよりむしろ、ものすごく社会批判のゆきわたった作品。映画って娯楽の部分もあるけど、やはり、ジャーナルであってほしい。ずっと見ていると、怪物よりそれをとりまく人間のが怖いという、(そう言ってしまえばありがちだけど)ことがわかる。人間というか、組織、それから、情報、情報に振り回されること。しかし、ラストシーンでは、そんな悪い人間ばかりじゃないってことを希望的に描いている。役者さんたちも、みんな味があって魅力的。いわゆる、好きなタイプの映画です。

世代によるキャラクター設定が、はっきりしているのは、韓国映画のがよほどハリウッド映画に近いことのあかしだな。主人公の父親が、思わず日本語を話してしまうとか、民主化運動で戦ったのに、職がなく、一方で、火炎瓶作るのがうまい次男とか、幼い頃は賢かったのに、軍隊で化学薬品(?)に関わったことで、いつも眠気に襲われている主人公とか、ひとりひとりの背景に韓国の現代史を自然にのせている。

日本映画でこういうのってなかなかできないようなあ。なぜだろう。観客が好まないから?制作サイド?ううむ。なんか、考えこんでしまった。(他人事ではないのだ。自分だって作る側にいるんだし、自分の決意次第だよなあ。あと能力も必要だけどさあ)

そんなわけで、韓国の映画ってほんとレベル高いなあ。