山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

ネット中毒の責任

何日か前の新聞で、中国の若者がネットゲームにはまって、遊ぶお金ほしさに強盗したり殺人したりして、社会問題になっている・・という記事があった。それを治すための、軍隊式の組織があるみたいで、ネット中毒(依存症っていうのが正式な名前だけど、どうでもいい気がする)の患者は、軍隊生活を強いられるそう。なんだかな~。

そんなんで治るのかしら、というのがひとつめの感想。ふたつめは、やはりネット中毒ってあるよなあという共感。自分もほとんどの仕事をパソコンを通じでやっているから、ネットにつながっている時間は長いし、書き物をサボろうと思ったらすぐ、なにかにつなげてしまう。今のところ、ゲームはやっていないので、なんとか断ち切ることはできるけど、ゲームやったら、最後だと思うのね。

私は、テレビゲーム全盛の頃は、徹夜でやり続けてしまう・・というタイプだったので、基本的にゲームは避けている。だって、始めたら戻ってこれない性格なんですもの。自分が基本的に依存症になりやすいってことを充分わかっているので、まっとうな暮らしをするために、悪い予感のするものからは距離をとるようにしているのだな。しかし、これも、そう判断できるくらい、年をとったからでもあるし、一方で、はまって、苦い経験をしたからでもある。それと、親しい友人が、あるものにはまり、社会から滑り落ち、人格が破壊され、ついでに健康もそこなわれてしまう・・という恐ろしい顛末を近くで見たからでもある。

確かに、軍隊のような生活に入ってしまえば、断ち切ることができるだろう。でも、戻ればすぐに元に戻ってしまうだろうなあ。しかし、ネット、ゲームと限定すると、「今の病」って感じがするけど、アルコール依存症、ギャンブル依存症などの病はかなり昔からあることを考えると、「今」限定の問題ではないのだろうなあ。

つまり、「ネット」や「ゲーム」や「携帯」が悪いんじゃないってことですよね。(いまだに、ゲーム、漫画、携帯を新・三種の悪の神器みたいにいうひといるけどさ~、ちがうでしょ)

いえいえ、自分もネットサーフィンをやめて、書き物に移るとき、たいへんな(それほどかよ!)決意がいるのでしてね。一方で、ひとつのことをやり始めるとはまる性格というのは、その対象が、仕事や勉強だったりした場合はよい結果を残すこともあるしな。自分もありあまる、この、耽溺しやすい性格を、書き物にふりわけるべく、努力しております。別のもんに向けると、人生がたいへんなことになるからね。

と、自分なりの決意でした。