山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

小説「犬身」にブルっ。



松浦理英子さんの「犬身」を読む。

数ヶ月前に手にしていたけど、初めの方の、ひとの臍のごまをなめとる描写がどうしても気持ち悪くて、読み進められなくなっていた。が、最近、ふと手にとってまた読み始めたら、一気読みだった。

すごいなー面白いというか、胸を打つというか。
「親指pの修業時代」以来14年ぶりの長編だけれども、14年待った甲斐があるというか、50年待ってもいいと思う。

主人公はひとより犬に共感し、好きなひとからはそのひとの飼い犬のように愛されたいと思う女性だ。彼女は狼のような魔力を持った男と知り合い、彼の力で、実際犬になって、好きなひと(女性)の飼い犬になる。

動物の視点から描いた小説って、有名なのは「我が輩は猫である」なんでしょうけれども、いやー漱石なんてぶっちぎりだなーと思った。

もちろん、犬好きを唸らせる内容なんだけど、でも、そんな甘ったるいもんじゃなく、やはり、犬の視点を借りることで人間のおぞましさを浮き彫りしていくってことなんだろうなー。 それも、漱石の我が輩みたいに純粋猫視点ではなく、かつてひとであったものの視点だからなおさら鋭い。男とか女とかの境界線どころか、種を越えていくのだ。

この作家の小説を読んでいるといつも感じる、現存の性的な意識とか、愛情とか家族とかに潜む奇妙なもの、ゆがんでいるけれども抜け出しにくいものを見逃さず、冷静に辛らつにそして、適切に描いていくその手腕に、唸らされる一方で、この方も、この世界のありように相当うんざりしているのだと思う。その怒りの深さに。

特に、げんなりするような男性を描くのがうますぎる。主人公が飼われることになる女性飼い主の、近親相姦のある兄の描写が、恐ろしすぎる。でも、この恐ろしさっていうのは、案外、ちまたによくいるタイプの男だったりする。レベルの差はあるにしろ。 「男ってさー」とか「女って言うのは…」などとよくいう男は、こういうタイプが多く、そして無自覚だったりする。性別とか年齢とかに過剰に反応するやつら。

「犬身」は、性欲とか愛情とか、基本的な感情だと思っていたものに、ものすごい力でゆさぶりをかける。あなたの信じているその常識にどこまで確信がもてるの?と問いかけてくる。そもそも、近親相姦だって、近親だからいけないのか?と問われているように思う。お互い納得ずくの愛し合っている兄妹なら、近親相姦も実はOKだと思う。ここで問題なのは、「近親」であることではなくて、お互いの合意がないってことなんだよなー。相手がいやがっていたら、そこでおしまい…というルールをわからないのだ、この兄は。セクハラ、パワハラの考え方が広まっても、「結婚してるからいいじゃん」みたいな発想があるかなー。ちがうって。「いやだ」と言われたらどんな関係であろうと、背景であろうとダメなのだということ。

もちろん、この愚かな兄も実際はつらいのだろう。でも、同情しねーよ。なんか韓国のキム・ギドクの映画「悪い男」を思い出した。(キムギドク嫌いだし、この映画も嫌い)。こっちに流れる前近代オヤジ多いからなー。キムギドクがヨーロッパで受けたのも、実は、なつかしきDV全盛時代への郷愁ではないかと思う。「女は殴っていうことを聞かせるのだ。それが愛情だ」的なことをさ、「ホントだよなー」と思いたいオヤジが世界中にまだまだたくさんいる。そして、そう信じたいやられっぱなしの女も同じくらいいるのだ。が、今や欧米の女性は強くなったから、そういうテーマはそうそう通らなくなった。いい気味。と、脱線した。

「犬身」に戻る。

後半は読むのが恐ろしくなるほど、つらいシーンが続くのだけれども、最後には、ゆさぶりをかけるだけじゃなくて、やっぱり、救いも用意されていた。ある種の願い、祈りのようなものがある。魂が(小説のなかによく魂という言葉が出てくるので使わせてもらうけど)、魂が震えた。読み終わって、生きてて良かったと思った。いやあ、こういう小説を読むためだけに生きてたっていいやと思いました。

それとやっぱり、犬の心理がものすごくあたたかく、犬はきっとそう考えるにちがいないと思わせるところがいっぱいあり、犬への愛情があふれてきて、本を置いて、途中何度も寝ている自分の犬たちをさわった。犬の感情を擬人化することをあざ笑うひとっているけど、(昨日書いた犬に服を着せるひとをあざ笑うように)。でもさー、擬人化じゃないんだよなー。犬と暮らしてみればすぐにわかる。犬は犬で野性の部分を残して生きていて、そう簡単に擬人化なんてできないんだよな。一見、犬の擬人化にみえるのは、犬にあえて、象徴させる技法であり、それを楽しむってことなんだけど頭固いひとにはわからないんだと思うけど、どうでもいいや、そうゆうひと。

犬へ向ける愛情ってほんと説明のしようがない…と思っていたけど、ちゃんと言葉で説明してあった。

というわけで、今日はこの本を読み通したので、一枚も自分の原稿が書けなかった。なんか、途中でいいや、自分のは…と思ってしまった。逃げかもしれないけど、今はこれを読む方が大切なのではないか…と思ったのだった。

自分はとても「犬身」には及ばないけど、ひるまずに書こうと思いました。

なんか、すごい、魔法にかかった、「犬身」の魔法に。

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