山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

14歳だからってわけじゃない。



「写真と記事とは関係ありません」という但し書きがあるよね。新聞など。これも同じ。このある晴れた日の写真は、これから書く日記の内容とも、書き手(=わたし)の気分とはまったく、関係ありません。じゃ、なんで関係ないもん、載せてんだよーと思われるかもしれないけど、わかりません、わたしにも。

今日は起きたら、17時半だった。うー、最近ではもっとも遅い目覚めだ。もう、気にしないことにする。とりあえず、生活はまわっているのだから、いーや。冬の間は、昼間は寝ることに決定。熊だってセミだって寝てるじゃん。ヒトと比べるから落ち込むのであって、もっと広い範囲で考えることにする。

起きてご飯食べたあと、DVDにて「十四歳」というぴあ制作の映画を見る。悩ましい十四歳がテーマの映画である。ううう。たいへん、暗い。こっちまで、ずぶずぶと深みに落ちてしまいそうなほど暗い映画だ。香川照之さんが、中学教師の役で出ていて、たいへん好演だった。

ううむ。この映画は14歳の苦悩つうか、たいへんさに関する映画のように見えるけど、それだけではない。14歳だけが大変なのではなく、ヒトは一生大変なのだ。というよりも、気楽な14歳も存在し、気楽なオトナもいる。こういう作品を見て、しみじみ思うことは、「たいへんなひと」ってずっとたいへんなんじゃないの?ってことです。

自分もさー。14歳くらいから面倒でしたが、今もその面倒さは基本的に変わらない。年をとっても別段、減るわけじゃない。ただ、大人になった分、面倒を回避できる手段が増えただけのように思う。例えば…。毎日、学校へ行ったりしなくてすむ。もちろん、制服も着なくて良い。塾も行かないし、受験もないぞ。やりたくないことはやらなくてすむのだ。そういう意味でいうと、収容所みたいな学校に行かなくてすむだけ、ほんと楽だ。

が。

もちろん、この一見、楽な生活を支えるためには、他の努力と苦労もいるのだった。あ…、そうゆうことを書こうと思ったのではなく、この世には、ずっと「楽」「あんまり深く考えない」「どーでもいいじゃん」的なひとがたくさんいて、このひとたちは、14歳でも77歳でも同じなんじゃないかなーと思っただけでした。言ってみれば、「たいへんだ、ぶつくさ」ってことに気づくのが、14歳くらいで、このへんに分かれ道がある。中学の頃に、人生に疑問持たないで、スルーできたひとは、いーんじゃないのかなーそれで。そのまま、幸せに暮らしてほしい。

14歳で生きづれーなーって思ったひと、残念でした。その気分は一生続きます。そりゃあ、恋愛やら仕事の達成感やら、出産・子育てなど、一時的充足感を味わうことはできると思うけど、根っこのところにある、「生きるのってなんだかなー」って気分は、直りません。完治なし!不治の病の宣告です。ようこそ、うんざりした人生へ。

が!
もちろん、ここで絶望して、その先に進むことをやめるという手段もある。それを止められる自信はあまりない。ないけど、ないけど、やっぱり、ほんのすこしの救いというか、慰めというものはあると思うので、大変だけど、とりあえず、船を出しておいたほうがいいです、別に、今、やめなくても、という気持ちはある。

えっと。

なにを書いていたんだか。というわけで、朝っぱらから(といっても、20時頃見たのだが)、シリアスな映画見ちゃったので、つい。

世間は連休らしい。関係ねー。

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