山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

流れ板七人のわたし。

先日、テレビの仕事について、同業者から「自分らしくない作品もつくるね」的なことを言われた。なるほど、そうかもしれないなーと思った。その時は、深く考えず、思いついたことを適当に返事をした。

で、その後もそのことを(テレビの演出に対する気持ち)を考えた。で、結論から言うと、「流れ板七人」の気分なのだ。「流れ板七人」って、実は見たこと(読んだこと?)ないんだけど(いいのか、それで)、包丁一本でいろんな料亭を流れていく料理人(板前さん)の話らしい。そのあらすじだけで、なんかいいな~、自分みたい、気に入ったと思ったのだ。

自分はフリーランスのディレクターなので、いろんな制作会社で、受注された番組を作る。たまに、自分のやりたいものを企画書書いて、売りにいくこともあるけど、ほとんどが、受注仕事である。長い間フリーをやっているので、だいたい自分に合いそうな仕事が来る。ゴールデンのお笑い番組の演出とか、歌番組とかの仕事は来ないのだ。

で、基本受注仕事であるから、「自分がやりたいこと」より、「受注者が作ってほしいもの」を優先する。もちろん、受注された段階で、自分の好きな分野であることが多いし、初めての内容であっても、自分向きなことが多い。これは前提としてそうなっている。だから、「全然ちがうのでできない」ということはほとんどない。そういうたぐいは最初から頼まれることが希だし、頼まれても断るんだと思う。

なので、自分がどうしたいか…よりも番組としてどうするかのほうを優先する。もちろん、自分が作るから、自分らしさは残るし、納得していないと作れないから、自分のやりたいことを我慢したり、消したり…というほどでもない。それでいいんじゃないかとやっぱり思っている。

自分にその質問をした方は、社員ディレクターである。やっぱり、社員とフリーは全然違うのだ。社員ディレクターというのは、オーナーシェフみたいなものだから、自分が美味しいと思う料理を自分の店の看板として出せばいい。それでお客さんが減ったら、困るのは自分だけど、冒険できる自由があるだろう。

そこへいくと、私は雇われ料理人である。今日はフランス料理店で、鴨のオレンジソース煮を作り、明日は、中華料理店で、麻婆豆腐を作るような日々である。(たとえは極端だけどさ…)。自分は雇われた店の味をそこなうことがないように、自分なりの力を使って、精一杯料理する。が、この素材なら、オレンジソース煮にするより、中華風にしたほうが美味しい…と思ってもやらないのだ。フランス料理のシェフとして雇われた以上、その任務を全うするのだ。

こう書くとちょっとかっこつけてるみたいだけど、ホントなんだよなあ。そういうもんだし。自分を雇ってくれたひとが、「損した」と思わないように、ギャラ見合う仕事をするのだ。そして、それは仕事であるので、過分な自己主張はしない。次につなげていかないといけないしね。もちろん、二度と仕事くれなくていいという相手なら、けんかするし、おりる。それはそういうこともある。

が、小さな軋轢があっても、この店でもう少し料理させてもらいたいなーと思ったら、自分の料理より、店が出したい料理をするのであった。…と、自分の気持ちを整理してみました。

で、包丁一本さらしに巻いた板前は、やっぱりいずれ自分の店を持つのが夢なんだろうか。いつまでも、ひとの店ので働くだけじゃなく?…そういえばそうだけど。まあ、自分のなかでは、小説と映画は、自分の店みたいなもんかな。まだ、固定客が少ないので、自分の店だけでは食べていけないですが。まだ、屋台レベルかも。

そんなことを考えました。が、なにも自分の店を持つことだけがいいとも思わないんだよな-。どっか、自分は、どこにいてもアウトサイダーでいたいようなところがあって、軒先を借りて、ささっと仕事する…そいて、シェーンみたいに去っていく…というのが好きなのでした。

はい。気分は、幻のガンマンや、流れ板七人という、いたって、古風でマッチョな感じなのね。

好きな言葉:一匹狼…って感じでしょうか。(笑)。