山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

いのちのメール

いろいろやることはあるけれど、とりあえず、日記を書くことにしよう。

昨日は、テレビ番組の編集で、朝10時から働いたけど、いろいろあって、いろいろあって、働いてー働いてー今日のお昼まで働いた-。徹夜なんて久しぶりで、考えて見ると、そういう仕事のしかたをしなくてすむような状況になっていたはずなのに、自業自得とはいえ、迷路にはまったようであった。

で、朝が来て、終わらなくて、昼が来てようやく終わって、ふらふらになって編集室を出た。すでに日付は変わり、冷たい雨が降っていた。おお、落ち込むなー、自分、なにやっているんだよーと自責モードに入りながら、タクシーを止めた。のろのろと乗り込むと、メールの着信音。おお、私の帰りを待つ犬からかな?と携帯を開く。

すると、同業者の友人から。おお。なんだろう。メールを頻繁にもらう関係のひとではない。しかし、優秀なテレビ人である。タクシーに揺られ、半睡状態で読むと、先月の映画の試写に来てくれていたので、その感想であった。試写から3週間近く過ぎているので、感想などもらえない場合は、「あんまり気に入らなかったんだろう」あるいは、「特に書くほどのもんじゃなかったんだろう」と解釈し、それはそれとして忘れて生きていくものである。

が。こういうこともあるんだなー。彼女からのメールには、非常に丁寧に私の映画に関する感想が書いてあった。しかも、あふれるような賛辞とともに。一緒に10代の青年と見に来てくれたのだけど、彼からのメッセージも含めて、とても感動的な内容だった。思わず、泣いた。

寝てなくて、へろへろで、人生をはかなんでいたけど、このメールを読み、なんだ、自分、生きてて無駄じゃなかったんだ。ちゃんと喜んでくれるひとがいるんじゃない…そう思えて、泣けて…泣けて。タクシーの運転手さんに「寒いですか?」と尋ねられてしまった。…泣いているのではなく、ハナをすすっていると思われたのだ…笑。

これですっかり、生き延びる。ほんと、自分、わかりやすい。ほめられると、千里の道も走ってしまうよ。こういうふうに自分の作品を見てくれるひとがいる限り、ガンバローと思う。そういう日は自分の作品がとても愛しく思えるなー。

タクシーのなかで、そのメールを何度も読み返した。そのひとは文章も上手だから、いくらでも感動的な感想は書けると思うけど、そういうテクニックじゃなくて、なんかちゃんと届いたんだ…って感じがした。そういうのって、直感的にわかる。少し前に、とある映画雑誌の方が自分を取材してくれた時もそうだった。取材申し込みの企画書をいただいたんだけど、その企画書を読んで泣いた。(……感動するとすぐ泣くのだが…)。自分が映画で伝えたいと思ったことが全部書いてあったんだ。うわーこのひと、なんでここまでわかってくれるんだ?と思った。こういうふうに解釈してもらえたら、死んでもいい(大げさじゃなく)と思ったよ、マジで。

そういうわけで、今日はご機嫌。3時間くらいしか寝てないけど、(まだ、いろいろやらんといけない仕事があるんでね…)、超ハッピーだよ。これよりうれしいことはないです。…おめでたくて、恥ずかしいですが…。