山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

映画「あの夏の子供たち」

打ち合わせのあと、恵比寿で、映画「あの夏の子供たち」を見て来ました。

実在する映画プロデューサーの自殺をベースに作られた物語…ということで興味を持っておりました。それと、カンヌ映画祭ある視点部門特別賞受賞だし。

監督は弱冠29歳の女性、ミア・ハンセン=ラブさん。これが長編第二作目です。

この作品、いわゆるシナリオの教科書から見たら、反則です。シナリオの教科書には、「最初の10分で、主人公を描写せよ」とありますけど、それから考えると、主人公は、映画プロデューサーってことになります。しかも、彼の仕事ぶり、家族との触れあいなどが1時間くらい描かれるわけです。彼が主人公って考えるのは、自然ですよね。

しっかーし!

1時間ほどで、彼は自殺してしまいます。あらすじはかなり流布されていたので、自殺することは知っていたのですが、こんなに長く生きてからだとは思いませんでした。自殺したところから物語りが始まるのかと思っていました。つまり、ハリウッドシナリオ術から言えば、始まって10分か15分くらいのところで自殺する。で、その後、彼の妻なり娘たちなどが、「なにかを始める」物語かと思っていました。

主人公と思われていた人物が、始まって1時間で、死んじゃうなんて、掟破りです。わー!て感じになります。これが映画の終盤に自殺ならまだわかりますよ。一時間って映画のと真ん中じゃないですか。そんなのありなのか?

そして、掟破りというか、期待はずし(はずれ…ではない、念のため)も次々と続きます。

自殺した映画プロデューサーは、アート系の映画をたくさんプロデュースしてきた、業界ではそれなりの知名度のある、「やり手」でした。数々の監督も育ててきた。しかし、彼には負債がいっぱいあって、どうにもならなくなって、自殺…ということです。

ここらへんは、映像業界にいるひとなら、「どこの国も同じなんだ」って思うことでしょう。私は思います。自殺された方、逃亡された方、いろいろ見知っています。それらの描き方はとてもシンプルで、リアルです。夢も希望もありません。

そして、その後の展開も、いちいち、「安易な感動」を妨げます。彼の残した会社を彼の妻は引き継ぎます。「彼の映画を最後まで撮ることが、彼の希望だから」みたいなことを言って。「会社はつぶしてはならない。それが彼の意志だから…」と言って。

予想されるのは、彼の妻の奮闘により、彼の残した映画が成功する、会社が復興する…そこまで、順調じゃなくても、「なんとかやっていく」って感じなのかと思っていました。ノーノー!ここらへんもとことんリアルです。

彼を死の淵まで追い詰めた、わがままなアート系監督に妻は会いにいきます。監督、全然、反省してません。自分の映画が撮り続けられることばかり考えてます。最悪な奴です。(しかし、監督とはそういうもんかもしれません)。彼の妻はいろいろ奔走します。現像所へ行ったり、銀行に行ったり。でも、全部ダメなんだな。

社長(=彼の夫)が生きていても、ダメだったことが、死んでしまったからって、情状酌量で負債がさっ引かれたりしないわけです。誰も彼女に手を差し伸べたりもしないんです。会社はたたむことになり、映画も完成しません。

そして、あっけなく、妻は、娘3人を連れて、生まれ故郷イタリアへ帰って行く。(妻はイタリア人でした)。

期待はずしはこれだけではありません。残された娘たち。長女は、父が最後に読んで、映画化を決めたシナリオの書き手に会います。デビュー前の若い監督。彼と意気投合した長女は、父の夢を果たすために、彼と組んで、新しい映画を作るのです。それはヒットの予感……というような、わかりやすい希望はありません。せいぜい、若手監督の映画の結末を、“ハッピーエンドにしてね」と提案するくらい。それで、サヨナラ。

そう、彼(映画プロデューサー)が死んで、その後の暮らしが全くドラマチックではなく、淡々と描かれていきます。まるで、リアルな人生のように。そこには、彼の死が美しく昇華するようなしかけはひとつもありません。

それでも、残された妻、3人の娘は父の思い出を胸に生きていく。ただそれだけのお話です。

うーある種、ドキュメンタリーのようでもあります。安易な涙を禁じたものとも言えます。三人の娘たちの演技がすばらしく、愛らしいのですが、それでも、ちょっと戸惑います。これでいいのだろうか。

パリをあとにする、妻と三人の娘たちの様子に、「ケ・セラセラ」がかかります。いろいろあるけど、まあ、いいか…みたいなことなんでしょうか。

実在の人物にきっかけをもらったから、あまりに劇的に演出するのを避けたのでしょうか。しかしなあ…。

わかりやすすぎる映画もどうかとは思いつつ、ここまで、リアルでいいのか。それと、主人公がはっきりしなくていいのか…という疑問が残ります。それとも、ひとの死ってこんな感じ、恣意的にドラマチックに描くことを嫌ったのでしょうか。

非常に不思議な作品でした。