山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

アイドルの新しいかたち…グリー

ロンドンからの帰りの飛行機のなかで、「GLEE 3Dコンサート」という映画を見ました。

(3Dで見たわけではない…)

「グリー」というのは、大ヒットしたアメリカのテレビドラマで、地方都市のさえない高校のさえないグリークラブ(合唱クラブ)が舞台です。

グリー(合唱)なんて今時、流行らないなか、グリー好きの先生が、クラブの存続をかけて、必死で生徒を集めて始まる物語。

集まってきたのは、モテない勘違い女子や不慮の妊娠をしちゃったチアリーダーや、すごく太った黒人の女子やアジア系の女子、ゲイ、障害があって車椅子で通っている男子など。

問題や悩みを抱えた、高校生活の王道からはずれたひと、いわゆる、マイナーなひとたちです。

その彼らが、グリークラブで一緒に歌うことを通して、友達を得たり、自信をつけたりしていく。

こう書くとずいぶんとまじめなドラマに思えるけど、実際は結構、鋭いジョーク連発の、笑えて、ひやっとするドラマです。

で、見たのは、このコンサート版。要するにグリーのメンバーが出てきて歌う、大コンサート。

そのなかにドキュメンタリー部分が挟み込まれている、というライブものではよくあるスタイルでした。

でも、この映画、ライブだけどかなりテーマがはっきりしていた。

それは、マイノリティに夢を!自信を!ってことになると思う。

主に、フォローされたのは、小人(コビト…小人症…生まれながらにして、低身長のひと)の女の子で、彼女は、ドラマのなかで、チアリーディングのクラブに入るわけです。

実際に小人の女の子が演じており、彼女自身がこのドラマに参加することで得たこと(恋人ができた、自信がついた)などを語って行く。

他にもゲイであることを隠していた少年とか、車いすに乗った生徒を演じた俳優のインタビューとか、あきらかに、マイノリティにフォーカスしていた。

この、堂々したテーマの設定に見ていて、かなりじわっときた。(つまり、涙ぐんだ)

よく、アイドルの女の子が(男子でも可)、「夢は叶う」とか「あなたはかけがえのないたったひとりの存在なんだ」みたいなことを、一生懸命歌いますけど、ちょっと、しらっとしますよね。

「夢叶う」ったって、あなたはその、「外見のかわいらしさ」を持っていたから、今そこで、歌って踊っていられるんだよね…ってことは、誰にだってわかる。(歌も踊りもそこそこでもね…)

だからのその言葉がかなりしらじらしく聞こえる。

けれども、グリーがドラマのなかでやっていることは、もちろん、出演者たちは、とても歌がうまいから、歌唱力がある…という才能に恵まれているのは確かなんだけど、でも、いろんなマイナスの要素があったとしても、ひとつの力をのばすことで、可能性が開けて行くよ…ということを教えてくれる。

先日までロンドンにいて思ったことのひとつは、ものすごくいろんな人が暮らしているってこと。

地下鉄に乗ると、黒人系、ヒスパニック系、アジア系、白人系、アラブ系のひとたちがそれぞれいて、そのなかでも、CITYで働いてそうなブラックスーツのひと、ジーパンなどのラフなひと、ヒジャーブ(スカーフ)で髪を隠したムスリムの女性など、人種だけでなく、宗教や仕事や階級などもさまざまだってこと。

世界がさまざまであることを、グリーはドラマにちゃんと取り込んで、(ムスリムのひとが出てきたかどうかは、最新までは見てないので未確認ですが)、それをていねいに描いて行く。

もちろん、アメリカでは、いろんな人種をドラマに出さないといけないという基準のようなものがある…という背景もあるだろうけど、そうだとしても、グリーがやっていることはかなり挑戦的だし、そして、潔くて、なおかつ、面白い。(←面白い!ってところは大事だよね)

その志の高さに泣けたのだった。

日本に戻ってきたら、似たような容姿のかわいらしい女子をたくさん集めて、同じような服を着せて、その子たちが歌ったり、踊ったりする姿を繰り返し見せられる。

すると、「この国では、ああいう風にかわいくないと、人生真っ暗だってことだね」ってメッセージを受け取ってしまう。

そういう子たちが、いかにお金を稼ぎだすか…についても考えさせられる。

…そんなことは、何十年も前からこの国のエンターテインメントワールドがやってきたことなんだけど、それでも、グリーを見た後は、なおさら、がっくりする。

もっといろんなタイプの女の子がいて、その子たちだって、生きている…というメッセージを届けたいよね。

そんなことを、グリーを見ながら、考えた。

わたしは……いつでも、そっち側の女子の味方でいたい。