山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

木嶋佳苗ナイト行ってきた。

今日は、新宿のロフトプラスワンで行われた、「木嶋佳苗ナイト」に行ってきた。

「毒婦」の著者の北原みのりさん、「別海から来た女」の佐野眞一さん、「木嶋佳苗劇場」の神林広恵さん、高橋ユキさんらが登壇し、木嶋佳苗について語る、というトークショーである。

諸事情により、1時間くらい遅れて行ったのだけど、とても面白かった。(前半聞けなくて残念!)

殺人事件をめぐる話に「面白かった」という感想もないかもしれないけど、それぞれの話を聞いている間、頭のなかがフル回転して、いろんなことを考えて、刺激的だった。

今日の出演者たちの著作はすべて読んでいるけれど、本には載らなかったこと、書かなかったこと、などが聞けるんじゃないかという期待もあった。

トークは一部が前述した方たちによるトーク、2部が佳苗ギャルと言われるひとたちに関するトーク、3部が佳苗容疑者が死刑判決を受けたことについてのトークだった。

どれもそれぞれ興味深かったけど、気になったことのひとつは、3部での話。

青木理さんという作家が登壇し、木嶋佳苗容疑者と上田美由紀容疑者という人を比較した。この時、私は「うえだみゆき」という女性がどんな人でどんな事件を起こしたか、まったくピンと来なかった。

青木さんが説明し、事件を報道する新聞記事と上田容疑者の写真が出て初めて、「あーそういえばそんな事件あったな」と思い出した程度だった。

上田美由紀容疑者もまた、太っていて、あまり美しくないのに、6名もの男性を色香に迷わせた挙げ句に殺害していた。

そういう意味では、ある種似たような事件かもしれないけれど、自分にとっては、こちらの事件にほとんど興味を惹かれなかった。

しかし、青木さんという作家はこの事件により興味を持ち、事件のあった鳥取まで行って、ルポを書いたらしい。

そこで、なぜ、自分はこっちの事件に興味を持たなかったかについて、考えた。

それは割と簡単で、どこかで既視感のある事件だったからだ。容疑者はデブ専といわれる、風俗嬢で、そこで知りあった客を殺害していたようだ。

青木さんは、この被害者の男性のなかには、大手新聞社の記者や警察関係者もいたといい、「そんな、人を見抜く目をもった男をだますなんて、すごい女だ」みたいなことを語っていた。

しかし、私はこの言葉にもピンと来なかった。というか、その視点こそに既視感があった。

知的(?)と言われる職業の男性が、何一つ秀でたところを持たない風俗嬢に入れあげてしまう…!なんて話はよくある話である。

美女と野獣の反対というか、「異界の女に恋するフツウの男」というテーマである。

その女が「異界の女」だからこそ、強く惹かれる…という仕掛けがある。

そして、その「異界」とは、男のいる世界から見ると、圧倒的に下位にある世界である。

男は、上の世界から、女のいる世界に降りていって、女とかかわる。

底辺の女を愛する、底辺の女に手を差し伸べる…ところに、きっとたぶん、ある種のヒロイズムというか、男を満足させるものがあるんだと思う。

風俗を好む男、買春する男のなかには共通して、このヒロイズムがある。

下位の女じゃないと萌えないタイプ…とでも呼んでおこう。

現実にもよくある話だろうし、日本の小説などでも好んで描かれてきたテーマである。

知的な男が、「ちょっとおかしい女」に夢中になる…というのは、(小説のなかでは、この手の女は美女ってことになってるけどね)、文学の王道ではないでしょうか。(映画でもよくある)

高橋和巳の小説などにも、立派な妻がいながら、中年のお手伝いさんに溺れてしまう男がいたような気がする。男はその女を軽蔑しながらも離れることができないんだよね。

なので、私は、「またか…」と思って、割りとスルーである。

一方、木嶋佳苗容疑者に興味を持ったのは、やっぱり、彼女がこれまでの女性の犯罪者と一線を画していたから…というか、新しいタイプの犯罪者だからだ。

新しいとはいえ、理解できないシリアルキラーというのではなく、彼女のなかに、理解できる部分、想像できる部分があるからだと思う。

男が求める女性像をしれっと演じてみせる姿……。

これは、最近の女性なら、理解できるんじゃないだろうか。

自分も女性だけど、時々、「女装する」と言ったりする。男性の望む女性の姿に変身することで、物事を運びやすくしたり、自分も女装を楽しんだりするのだ。

そういう、もはや、現実にはいない女像を生きる…という虚構性を私たちはもう知っているのだ。

なので、この事件に対する男女間での温度差というか、視点の違いがあらためて浮き彫りになった気がして面白かった。

もうひとつのここでしか聞けないエピソードは、北原さんが、この会場に来る前に、千疋屋にて、佳苗容疑者のお気に入りだった「フルーツパフェ」を食べて来たという話。

2100円もするというパフェを木嶋容疑者は頻繁に食べていたらしい。

そこで実際にパフェを食べた北原さんは泣きそうになった…と言った。なぜ、泣きそうになったか…その理由も語っていらっしゃったが、ここには書かないことにする。

けれども、「千疋屋のフルーツパフェを食べる私」という自己像に酔う木嶋佳苗という女性にある種の悲しみを感じるのはよくわかる。

ブランドものに身を包むこと、ブランドものを手にすること、それでしか自分を保つことのできない女性を私はたくさん知っている。

自分が自分であることに自信がもてずに、ブランドに託すのだ。

佳苗容疑者が託したものは、千疋屋のパフェだとしたら…。

確かに千疋屋は老舗であるし、2100円のパフェは美味しいと思う。

けどさ。

フルーツパフェに支えてもらう自己像…というのに、悲しみを禁じ得ない。

いや、もちろん、自分だってそんなに自己像が安定して生きているわけではないんだけど。

2100円のパフェを食べ続けるために、(パフェはひとつの象徴であって、ベンツでも代官山の料理教室でもいいんだけど)、そのために人を殺めてしまうという…痛み。

そういうことをいろいろ考えながら、3部までしっかり見て帰ってきたのであった。

やっぱりこの事件、今の日本の男と女の関係性を浮き彫りにして見せてくれるんだよな。