山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

映画「テルマ&ルイーズ」

wowowで録画してあったので、久しぶりに「テルマ&ルイーズ」を見た。

これ、1991年の作品。

当時もしびれたけど、今見ても、ラストシーンではじんときて、泣いたよねえ。

監督は巨匠リドリー・スコットだけど、これほど、女性目線の映画ってめずらしいと思う。

14歳で知りあった男と18歳で結婚して、専業主婦やってきた、セクシーだけど、自分の望みさえわかってないテルマと、

しっかりもののウエイトレス、ルイーズの、ささやかな週末旅行がとんでもない結末を迎えていく。

彼女たちを痛めつけるのは、徹底的に「男」で、彼女たちはどこへ行っても、性的対象として扱われて、逃げ場がない。

“法律なんてあてにならない”とルイーズが言うように、彼女たちの味方は、同じ境遇のウエイトレスくらいで、なにも彼女たちを守ってくれないことを知っている。

あとはみんな、敵、敵、敵。

一見、味方風に近づいてきても、それは彼女たちの「女」の部分に興味があるだけで、用がすんだら、おしまい。

たったひとり、ハービー・カイテル演じる刑事だけが、彼女たちに手を差し伸べようとする。

でも、届かない。

これを見た時、ホントにこの世は、「テルマ&ルイーズ」みたいだと思った。アメリカの荒野を土煙を上げて、走り抜けるようなものだと。徹底的に孤独に。

けど、たったひとりの男が、彼女たちに手をさしのべたように、「ひとり」くらい味方はいるかもね…と思ったものだった。

あれから、13年。

果たして、世界は変わったんだろうか。

なんか、全然、変わってない気がする。

この間、地下鉄の溜池山王の駅で、ベビーカーを押した女性が階段の前で、ひとりでベビーカーを運ぼうとしていた。彼女のわきをスーツ着たサラリーマンたちが通り過ぎていく。誰も手伝わない。

「手伝いましょうか」と声をかけたら、同時に、若い女性も声をかけてきた。スーツ姿の女性だった。

で、ふたりでベビーカーを持ってあがり、女性は赤ちゃんを抱いて、階段を上がった。

ホームに着くと、若い女性は、さっと去った。あざやか。

いや、それだけのことだけれども。

久しぶりに見た「テルマ&ルイーズ」で、なにも変わってないような気がして、映画のストーリー以上に、愕然とした。

都議会のセクハラ発言とか、ごく最近の出来事だし。

13年前のアメリカの長距離トラック運転手が女に向ける言葉と殆ど変わっていない事実…。

脱力するよね。

…けど。でも、少しはマシになってきていることあるよね。

そう思わないとやってられない…。

とほほ。