山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

こわいもの

ゆえあって、「残穢~住んではいけない部屋」という映画を見ました。

日頃、ホラーは苦手で、なるべく見ないようにしているのですが、仕事上の都合で見ることになりました。

DVDやインターネットで映画を見るのはたいてい夜ですが、ホラー映画を夜見る自信はないので、太陽の高い時間に。

しかし、恐れていたような怖い映画ではなく、とあるマンションの一室に現れる、幽霊のようなものの正体を探って行く、事件もの、探偵もののような内容で、竹内結子さん演じる作家のたたずまいも頼もしく、すいすいと見ることができました。

しかし、ラストにかけては、おどろおどろしいシーンも出てきて、怖いので、目をつぶってそのシーンをやりすごす、という小学生じみたまねをしました。

そして、見終わってみて、「怖いものとはなにか?」ということをしみじみ考えてしまいました。

映画で描かれる怖いものは、お化けというか、霊というか、科学では説明のつかないような、この世のものではないものたち…だったりします。

で、それらはとても怖いんですけど、でも、そもそも、そのようなものたちが生まれた背景があるわけです。

ココから先は映画とはあまり関係なくなりますが、じゃ、その「霊」みたいなものたちとは何かってことです。

それら…彼ら?は、元は生きていた人間の場合が多い。ゾンビにしろ、幽霊にしろ、元・人間です。
(たまに妖怪とか吸血鬼とか、最初から人間じゃないものの場合もありますが)

で、その元・人間がなんで、幽霊になっているかと言えば、たいてい「無念」ゆえです。

非常にひどい亡くなり方をしたとか、殺されたとか、この世に未練や恨みがあるため、登場されるんですよね。

で、そのような恨みを作ったのは、別の人間だったりする。だから、出てくる。

ということは、幽霊ものというのは、人間の無念を描くものではないか、という気もしてきました。

もちろん、「怖がらせる」ことがテーマなのでしょうけれども、私はそのようなテクニックとしての恐怖にはあまり興味がなく、「幽霊になった理由」のほうに興味があります。

人が時を超えても許せず、憎み、復讐することを決意させるほどの無念とはなにか、と思うからでした。

そうなってくると、幽霊がだんだん怖くなくなってきます。

戦争で無惨な亡くなり方をした人が、無念なりと出てきた場合、「そうでしょうとも」と思いますし、

戦争じゃなくても、理不尽な死を迎えた幽霊なら、「ごもっともです」と思い、むしろ手を取り、共感したくなります。

ただ、無念であったけど、それゆえ、自暴自棄になり、全然関係ないひとを、「巻き込んでやる」と出てきて、暴力をふるってこられる場合は、「怖い」といより「迷惑」でございます。

時間があれば、ちょっと話したいような気がする。

そもそも、あなたが理不尽な殺され方をして、それを恨んでいるのはわかる。

が、だからといって、あなたの理不尽な死と無関係なひとを痛めつけるとしたら、あなたと同じ無念のひとを増やすだけではありませんか?

それは無念の連鎖になり、それであなたの気が晴れますか?

それよりは、理不尽な死を作った原因を探し、そこをやっつけましょうよ。

例えばそれが、理不尽な戦争であったり、冷酷な殺人であったり、いろいろあると思いますが、その根っこのところを考えて、そっちをうらんでいただきたい。

通りすがりの無縁なひとを苦しめてもなんにもならない。

幽霊という自由闊達な姿になった以上、もっと有効に使ってほしい。

うらんでいないで、改革してください。

戦争をしないようにしている人に取り付いて応援するとか、殺人を未然に防ぐことにパワーを使うとか、いろいろやり方があるはず。

…というようなことを考えました。

そう考えると、ホラーって倫理的なものなんだなあと思えてきました。

つまり、無念を生むものとはなにか?という問いかけがあるからです。

幽霊が幽霊になった理由に、倫理がある。

戦争の幽霊なら、テーマは「反戦」です。

資本家の横暴によって労働者が亡くなったなら、労働者の権利向上がテーマです。

……そう思うと、幽霊たちは、改革者なのた、彼らの声に耳を澄ませば、社会のどこに矛盾があるか、聞こえてくるような気がします。

あ?
間違ってますか、ホラー映画の見方。

あまりに恐がりなので、こうして、幽霊を解釈してみました。

解釈したら、怖くない!

生きている人間のほうはよっぽど怖いもの。