山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

空の上の気分

ミラノ最後の日は、最悪だった。
(という感想を帰りの機内で書いています)

まず、朝、ホテルに預けてあったパスポートとチケットを返してもらおうとしたら、なくなっているといわれる。同じボックスに、帰りのチケットも入っていたので焦る。

ねばり強く交渉しながら、ああ、当分ミラノから出られないのかしら、その場合、ホテル代はどっちが支払うのか、パスポートを再発行してもらうとして、何日間留まるのか、何して過ごそうかな、これ以上、買い物はあり得ないから、しずかに小説を書いて過ごせと天から言われているのかしら、と思いは千々に乱れる。

が、30分ほど、あれこれあった後、無事、発見。レセプションのおっさんの勘違いだったようだ。日頃謝らないと言われるイタリア人だが、しきりにアイムソーリーと言っていた。

しかし、不運は続く。
地下鉄で今日こそ、ブレラ美術館に行こうと思って駅まで歩く。だいたい10分くらいなんだけど、そこでチケットを忘れたことに気づく。地下鉄のチケットは1ユーロであるから、別に惜しいほどの金額ではない。しかし、本日帰る身からしたら、ホテルにおいてきたチケットが無駄になるとわかって悔しい。

さすがに戻る気力はないのでチケット購入して、地下鉄に乗る。
駅を出るとさらに不運が。

雨が降っている。しかも大雨に近い。おまけにすこぶる寒い。
ったくう。駅から美術館までは15分程だ。
ミラノに来てすぐに傘を買ったので、どうしても傘は買いたくない。しかもいつもは常備している簡易レインコートもすでにパッキングしてしまった。

気を取り直し、寒さと雨のなか、進む。狂信的な絵を見なくっちゃ。
が、さらに運命に見放され・・。

傘のない身で、軒先きを探して歩いていたら迷ってしまう。
寒さは増し、しかもトイレにも行きたくなり、ここで殺してくれって気分になる。
あんまり寒いので、駅に戻る。近くのカフェでひと休み。そこでさらなる不運が発覚。

キャッシュが殆どないことに気づく。全額で40ユーロくらい。ロケの時っていつもアシスタントがお金関係をまとめてくれるので、気づかなかった。こんなんで今日、空港まで行けるのだろうか。(今さら、エクスチェンジするのも面倒だし)

ホテルまでの帰りは地下鉄でいいとして、ホテル→中央駅までのタクシー代、中央駅からマルペンサ空港までのバス代を、ざっと計算する。たぶん、20ユーロで行ける。ちなみにブレラ美術館の入場料は6ユーロである。ということは、残り13ユーロ。
(1ユーロは140円くらいね)

グッチにて何百ユーロも買い物したくせに、手元には2000円くらいしかないのだ。しかも帰りのエアは、パリで乗り換えである。何かあった時、キャッシュがないと恐ろしいことになるのは、かつて経験がある。

初めてニューヨークに行った時、
ほとんどキャッシュを使いきり、JFケネディ空港へ向かった。すると、雪のために飛行機は欠航。エア会社が用意したホテルに一泊することなった。この時の所持金が5ドルもなかったと思う。

ものすごいひもじい思いをして帰って来た。しかし、それは20代の頃のことである。当時ならともかく、今は立派な(?)大人なのだ。
計算の結果、美術館を諦める。雨もひどくて、歩く気力もなかったから。

市内で頼まれた買い物をして(カードでならお買い物できるから)、ホテルに戻る。タクシーを呼んで、中央駅へ。10ユーロで辿り着き、バスは5ユーロだった。余裕と言えば余裕だけど。

その後、タックスフリーの手続きをして、荷物をまとめたら、夕食を食べる時間もなかった。もっていたリンゴと小さなクラッカーがミラノ最後の日の晩さんとなった。とほほ。

付け加えると、不運はまだ続いていた。
ミラノ→パリ間が大幅に遅れ、パリの空港を走ってトランジット。もちろん、満席でしかも窓際だ。

そして、今、これを書いている最中、気流の悪いところに突入したようで、揺れる、揺れる。

とことん、ついていない一日だった。

けど、よいことも数えないと。
イタリア貴族と結婚されたコーディネーターの方の小説を読む。よかった。
根底のところで、自分と通じるものがあると思った。こんなことなら、もっといろいろ話せたのに。
ついてない一日があっても、よい小説に出会えたら、その瞬間にすべてが変わる。私はそういう力を最後まで信じたいと思う。
と書いていたら、また、激しいゆれが・・・。