今日は、渋谷のユーロスペースにて、真利子哲也監督作「イエロー・キッド」を見て来ました。
公開時から評判が良かったのと、岩崎亮さんが出ているので、見たいなーと思っていました。見終わったときの最初の印象は、映画らしい映画ということと、全体ちょっと懐かしい空気がする…ということと、でした。映画としてこなれている…といったら語弊がありましょうが、映像に迷いがないというか、ひっかかりがないところに腕を感じました。
どういう意味かというと、作られた映像ではなく、見ているとその世界が自然に感じられてフレームやカット割りを忘れるという意味です。あえて、映像美を全面に出す作品もあると思いますが、自分は、どっちかというと、誰かが撮影した世界であることを忘れさせるものが好きです。
懐かしい感じがする…と言ったのは、テーマが、かなり普遍的だなあと思ったからでした。普遍的…というより、あまり「時代性」は感じられないからでした。主人公の青年(=遠藤要)は、生まれたときから両親がなく、祖父母に育てられ、今では祖父も亡くなり、痴呆の始まった祖母と二人暮らしです。彼の生き甲斐は、ボクシング。ボクシングを通して、彼が変わっていく様子が描かれます。
すごく大ざっぱに言えば戦後であれば、いつでも成立する設定です。彼は貧しさや不平等な自分の境遇に怒りを抱いていますが、普段はおとなしく、その怒りをボクシングで昇華しています。時々、キレたり、叫んだりもしますが、青年像としては、わりとありがちなキャラです。彼を取り巻くひとびとも、それぞれ一定のキャラクターに収まっています。ボクシングを愛し、面倒見のいいジムのオーナー。けんかがしたいだけで、ボクシングをしている、半分やくざみたいな先輩ボクサー。わりと、みんな、ありがちなキャラではあります。
しかし、物語は、「ありがち」に進むことを大きく拒みます。
貧しさや不当な境遇に悶々としていた主人公は、ボクシングジムに取材に来ていた、漫画家(=岩瀬亮)と出会います。漫画家は、以前、"イエローキッド」というボクシング漫画を書いており、主人公がそもそもボクサーになろうとしたきっかけとなった漫画であることが途中でわかります。
ここから物語が動いていくのですが、キャラクターの設定とは別に、物語はいつも多くのひとの想像(あるいは期待)を裏切ります。裏切るというより、全然違う方向を突然しめします。
漫画家は、「イエローキッド」の続編を主人公のボクサーを主役にして描くことにするのですが、そのあとは、漫画と主人公の実人生と漫画家の人生が入り乱れて進みます。
昨日見た、「ボーイズ・オン・ザ・ラン」にもボクシングが出てきますが、ボクシングって、独特の魅力があるようです。ストイックな、でも破滅的な。どこかに陰を感じさせる。
この物語もまた、「ボーイズ・オン・ザ・ラン」同様、多くのひとが期待する、弱者がボクシングによってのしあがる、成功譚ではありません。「ボーイズ・オン・ザ・ラン」は弱者の姿をよりリアルに描こうとするのに対して、こっちは、「どこへもいかない」という選択をします。どこへもいかない…というのは、「ボーイズ」がリアルで惨めな結末を用意していたのに対して、「イエロー」は明確な結末もメッセージもまったく用意していないという意味です。
後半になると、どこまでが本当に起こったことで、どこまでは誰かの想像なのかわからなくなります。そして、主人公の怒りの矛先もよくわからなくなるし、漫画家がなにを望んでいるのかも、ごちゃごちゃしてきます。そして、映画は、そのごちゃごちゃのなかで突然終わりを告げるのです。これは、「狙い」なんだろうか。作劇を放棄することをあえて目指したのか。…たぶん、そうだよなあ。いくらでも、ドラマチックにまとめることはできただろうけど、あえて、それを外し続けた作品でした。
「ボーイズ」との共通点をもうひとつ。どちらもヒロインのような女性が出てくるのですが、どっちも途中で妊娠します。ううむ。女ってなんで、物語のなかで、いつも突然、妊娠するのか?それがちょっと気になりました。妊娠はドラマを展開させるための、女の持つ切り札ですが、その切り札はあまりにも使われすぎていて…。
なんだかな、です。
岩瀬亮さんのキモい漫画家像(でもわかる!)、遠藤要さんの鍛えられた肉体は見応えがありました。ただ、一番、怖かったのは、主人公のおばあちゃん。痴呆症の役柄でしたが、演技としたら、すごいなー、本物に見えました。
ちょっと付け足す。自分がこの映画のなかで激しくシンパシーを持ったのは、漫画家が挙動不審だったからです。ジムに取材に行っているのに、あきらかにキョどっているし、一方で自分の作品のファンとわかると、瞬間的に喜んじゃうし、実生活と作品を混乱させるし…どうみても、まともな大人じゃない。なにかを描くひとはこういうへんてこなひとが多いと思いますが…それが良かったです。漫画家かっこわるし。
なぜ、それを喜ぶかと言えば、自分がそうだからです。いくつになっても、挙動不審です。時々、自分がどうふるまったらいいのかわからなくなるのでね。そこがね、よかったす。
それから、今夜は、中村うさぎさんの「狂人失格」を読みました。いや~面白かったです。面白かったという言葉は適切じゃないな。怖かったです。深刻でした。中村さんというかたはとことん正直なひとで、その真摯な姿勢にうたれました。
今日は、とても刺激的な作品にふれたので、気分が爽快になりました。新鮮な空気を吸ったみたいな気分。
なんか、自分も小説、ちゃんとがんばって書こうって思いました。