山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

映画「フローズンリバー」

そんなわけで、欲望、解放中です。昨晩から、松尾スズキ氏の「宗教がいく」を読み始め、今日は、渋谷で、「フローズンリバー」を見て来ました。

そう、あの、話題作です。監督は中年の女性で、俳優陣はほとんど無名、にも関わらず、サンダンス映画祭での受賞を皮切りに、話題ぶっちぎりの作品です。

数日前は、朝日新聞に沢木耕太郎氏の映画評が載っていたし、渡るところ敵なし…正直、うらやまし。

しかし、よい映画を見ると生きる意欲が湧くので小さいことにこだわってないで、どんどん見るに限るという。

まず、想像していたより、ずっとテンポのいい作品だった。タイトルからして、凍えるほど寒そうな、ちょっと暗いものを想像してました。ところがどうして、よくできたテレビドラマのように展開が早く、テンポがよく、ストーリーがわかりやすい。複雑な伏線も壊れたキャラクターも存在しない。非常にストレートな作品だった。

サンダンスってことで、もっとアートっぽいものを期待していました。ただ、やっぱり、新しいな…もしくは、ちょっとちがうな…と思わせるところが非常にあります。それは、一見、テレビドラマの殺人サスペンスのような始まり方をしながら、決して、誰も死なないことです。

昨日、恋愛ドラマを盛り上げるものとして、+アイテムが結婚なら、-アイテムは妊娠だろう…みたいなことを書きましたが、(結婚については触れてないけど…)、同じ、作品をドラマチックに見せ、観客に揺さぶりをかけるもうひとつの手は、「死」であります。しかも、ただの死よりは、不可解な死、もしくは、殺人が一番盛り上がる。

なので、この世にサスペンスものは廃れないわけで…。

この「フローズンリバー」はいつもギリギリすれすれで、殺人が起きそうなんです。起きて当然と期待され続け、いったい、いつ、悲惨な結末がやってくるんだろう、とドキドキドキドキ、何度もひとが殺されそうになるのに、なかなか、誰も死なないため、後半は、もう、いいから、さっさと凄惨なシーン、行ってください…と願いたくなるほど。なぜなら、長引かせれば、長引かせるほど、より悲惨な殺人が起こりそうで怖いからです。

ざっくりストーリーを説明すると、主人公は、カナダとの国境近くに住む中年のアメリカ人女性(白人)。ボロボロのトレーラーハウスに息子二人と住んでいる。ギャンブル狂の夫は、新しいトレーラーハウスの代金を持って、いなくなったまま。彼女の仕事は、1ドルショップのパートタイマーで、新しい家を買う余裕はなく、ギリギリの生活をしている。

そんなとき、国境近くに住む白人ではない部族の女性と知りあう。彼女は、夫を亡くし、幼い子供を夫の母親に取り上げられ、主人公と同じくらい絶望的な生活をしている。そんな二人が組み、密入国の手伝いをすることから、物語は進んでいく。主人公の女性は、ピストルをぶっぱなすし、密入国者を扱う怪しいひとたちとの接触はあるし、一方、母親がそんな悪事に手を染めている間に、15歳の息子は詐欺まがいのことをしたり、火事を出しそうになるなど、次々と、「いつひとが死んでもおかしくない状態」が続く。

誰かが殺されるか、家が爆発するとか、幼い子供が感電死するとか、キレたバーの主人がピストルぶちかますとか、凍っていた河の氷が割れて、そのなかで溺れ死ぬとか。とにかく、「死」の予感がいっぱい。そして、実際、みんな、よく死にかける。

が。

誰も死なないのである。これを昨日まで書いてきた、わかりやすいクライマックスの拒否とするか、監督の希望とみるかは、自由だ。私は、やっぽり、希望を見た。そして、今更こんなこといいたくないけど、この監督が女性であり、子供の母親である…ということが関係していると思う。

もっと悲惨に、もっと暴力的に描くことで、厳寒の地に暮らす、貧しい母親二人の物語を浮かび上がらせることだってできたはずだ。たとえば、韓国映画の「母なる証明」のように、子供を溺愛する母親ならではの行為のように殺人を見せることだって、できたはず。

でも。この監督はしなかった。絶対助からないと思っていた厳寒の地に置き去りにされた赤ん坊でさえ、息を吹き返すのだ。…そう。この映画は、息を吹き返すこと、体温をとりもどすことがテーマなんだ。

ギリギリで先のないふたりの女が犯罪に手を染めながらも、決して、心の底まで汚れることなく、最後には、息を吹き返す物語。そうやって見ていくと、すべてのものたちが、映画の最後に向かって、「息を吹き返していく」。

壊れていたメリーゴーランドは、まわりはじめるのだ。

「ボーイズ・オン・ザ・ラン」のリアルな結末が好きだし、「イエローキッド」の見る者の判断を問う結末も好きだ。けど、やっぱりどこかで、この「フローズンリバー」のように、もうだめだと思った瞬間から戻ってくるような、小さな輝きのある作品が好きだ。好きだし、自分も作りたいと強く思いました。

あ、つけたし。

自分の好きな映画に「テルマ&ルイーズ」があります。「フローズンリバー」の祖母もしくは、母のようなお話です。崖っぷちに立つふたりの女の車による逃避行。「テルマ&ルイーズ」は、現世での解決を見ず、追いかけてくるたったひとりの味方の箴言にも耳をかさず、崖を落ちていくのです。

が、「フローズンリバー」は、ちがう。凍った河を越えたように、二人の女は逃げるのではなく、きちんと落とし前つけて、現世に戻ってくるのだ。だって、生活が待っているから。

そこが、いいんだよ。ほんのすこし輝く日常。