山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

作家の人生はたいへん。

お仕事のあと、日比谷でやっと「カポーティー」を見る。
すごい期待してたけど、予告の感じとちょっと違って、割と冗漫な部分が多いような気がした。
いやしかし、昨晩あまり寝てなかったせいか、途中で少し寝てしまうというあるまじきことをしたので、ちゃんとした批評はできないな。

それにしても、作家の人生というのは大変なんだ。映画「カポーティー」は、カンザスで起きた一家殺害事件をテーマにしたノンフィクションを書こうとするところから始まる。殺人犯に面談し、事件を描きとろうとするわけだ。犯人は死刑が確定し、死を待つだけだが、カポーティーは、事件を素材にして書くことで、名声を得る。

殺人犯にしてみたら、「俺をダシにして、うまいことやりやがって」という気持ちにもなるだろう。(自分が犯人の立場だったら、そう思う)。で、実際に、カポーティーは「冷血」で作家として不動の地位を獲得するんだけど、でもさ、その後は、一作も完成できなくなり、アル中で死ぬわけです。

むむむ。他人のフンドシで相撲をとった結果、そのフンドシにしばられて、二度と相撲がとれなくなる・・とも言えなくない。やはりそれくらい、人生を揺るがすものなんだよなあ。

犯人に近づけば近づくほど、他人事でなくなってしまうわけで、自分ではクールに書き取ったつもりでも、現実は、鬱病のようになってしまって、書くことの恐ろしさをちょっと感じてしまった。

テレビの仕事はこれよりずっと規模が小さいけど、けど、似たようなことはよくある。他のディレクターは知らないけど、自分はわりかと、対象に入り込み過ぎるきらいがあるので、結構危険。仕事として、流して行くように心がけているけど、時々はまることもあって、そうなると、ほんときつい。

小説も同じ。力を込めれば込めるほど、(世間の評価がどうであれ)、その内容が自分に返ってきてしまう。
なんだかなあ。

そんなわけで、「カポーティー」の感想でした。