山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

就職するか、しないか。

最近、自分の人生を漠然と振り返ることが多い。

もうひとつの目標であった映画をとりあえず、1本撮れたせいかもしれない。最初のひとつは小説を出版するってことだったわけだが。だからって全然、「アガリ」じゃないんだけど。

就職して働くことと、いきなりやりたいことに挑戦するのと、どっちがいいのか…どっちが良かったのかってことを考えるわけです。今更なんだけど。

自分は、大学を出たあと、テレビの制作会社に就職しました。一番の理由は、「会社員」という立場になってみたかったから。学生の頃、フリーライター的なバイトをしていたので、フリーにはいつでもなれるのだから、一度は会社に入っておこうと思ったわけだ。

当時、何になろうとしていたかというと、正直、わからなかった。小説家になりたいと思っていたけど、なれるはずがないと諦めていたし、映画監督なんて、絶対なれないと思っていた。なので、なんとか生きていけるだけの職業につきたい…くらいのテンションだったと思う。

商社や銀行などの大企業で働く…というのも、まったく考えなかったわけじゃない。スーツを着て、パンプスを履き、丸の内でセビロとランチデートをする…なんてことも夢想した。が、しかし、早起きできないし、成績悪いし、根性もないので、早々に諦めた。

で、いつやめてもいいという気持ちでテレビの会社に入ったのだ。テレビあまり観なかったし、特にバラエティなんて嫌いだった。だから、イヤならフリーライターに戻ろうと思っていた。

が、しかし、入ってみたら、くっだらねーと思っていたバラエティ番組を、大人たちが、額に汗して、何時間も会議やったり(…のちにこれはよくないと思うけど)、足を棒にしてネタを探し、徹夜して編集して作り上げていくのを知り、「ひゃーかっこいいじゃないか」と思い、自分も一日もはやくディレクターになりたいと思ったのだった。

で、8年間制作会社に勤めた。おかげで、テレビの演出・構成という仕事が身に付き、生涯をこれにて食べている。たいへん、ありがたいことではある。

しかし、一方で考える。大学を出たあと、就職などせず、必死に小説を書き続けていれば、今よりましな作家になれていただろうか。あるいは、助監督からたたき上げていたら、今よりよい映画を撮れていただろうか。

小説にしろ、映画にしろ、修業時代というのが案外大切で、ある程度の時間をかけないとたどり着けない部分があると思う。自分は、20代のほとんどをテレビの仕事に費やしたため、10年くらい遅い出発となったのだ。

就職しないで、目標定めて精進したほうが良かっただろうか。

しかし、そうとも限らない歴史の結末を私はすでに知っている。20代からコツコツ小説家を目指しても、一冊も本にならないまま、バイト人生になってしまったひとや、監督デビューできても、映画だけじゃ食べられず、四苦八苦しているひとを見て来たからだ。

いや、それが不幸だと言っているわけじゃない。

とりあえず、自分は手に職があるので、ちょっと楽だな…くらいだけど。

いえ、今更、どっちが良かったのか…なんてことを考えてもしかたないんですけど、もう、生きてしまったからね。

でもさ、目標をしぼってもっと必死でやったら…つまり、テレビに捧げた年月を小説だけ、映画だけに捧げたら、もっと遠くまでいけたんじゃないか…ってなことを思うわけです。

おのれの能力のなさを選択の失敗に求めたいのだろうか。

いえ、なんですか、自分のもうひとつの人生に思いをはせたくなっただけです。あのとき、あっちの道を選んでいたら、私はどうなっていたかなーって。パラレルワールドが存在するとして、「もうひとつの道」を選んだ自分にちょっと会ってみたい気がする。

が。

なんか、きっと、そんなに変わってなかったかもしれないなー。結局、同じような人生だったんじゃないかなー。ははは。ダメじゃん。