山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

渡部絵美セクハラ事件に思う

今週発売の週刊「文春」に、アイススケートの選手として活躍した渡部絵美さん(45)が、西武の堤義明氏(70)から受けたセクハラについて、告白していた。

買い物のついでに記事を立ち読みした。

事件は当時17歳だった渡部さんが、堤氏から執拗に性的関係を迫られ、あげく、新宿プリンスホテルの一室で強姦されそうになった、というもの。
彼女は部屋から逃げ出し、未遂に終わったようだ。

このような記事が出ると、批判的になるひともいると思う。
まず、30年近く前の出来事である。何を今更?
今、堤氏の社会的な立場が弱くなっているので、反勢力からの「仕掛け」ではないのか?など。
あるいは、今更の売名行為、あるいは、お金。

例え、これらのどれかが当てはまるとしても、彼女が当時セクハラを受けた、というのが事実なら、告発することは、なんら批難されることではないはずだ。

この手の話はほんとに悲しい。
この世には、(前に「食用おやじ」というタイトルの時にも触れたけど)お金や権力を持った男性に(女性の場合だってあるだろう)身を差しだすことで見返りを得ようとする者はいる。
それはそれで本人が納得していればいいと思う。
売春する自由はある、と思う。

けど、どうしてもそういうことがイヤなひともいる。当たり前だけど。

まず、この手の申し出は言われただけで、ものすごい傷つくものだ。
それまで仕事だと思っていた関係性が一気に崩れる。
「あ、このひと、ほんとのところで私を認めていなかったんだ」
とわかる時の落胆。

さらに相手がこちらの仕事上の生殺与奪を握っている場合、動揺は深い。
どうやって気分を害させずに断り、なおかつ、これまで通り仕事を進めたらいいんだろうと悩む。

なんとか、笑い話に持っていったとしても、心の底に相手への不信感は残り、なかなか消えない。
もちろん、仕事の関係者と恋愛になることだってあるから、そこらへんの線引きはとても微妙である。

けど、きついもんはきつい。

そんな仕事断ればいいじゃん、というのは、よほど才能と自信のあるひとのセリフだ。
セクハラじゃなくてもパワハラ(パワーハラスメント)なら、男性だって経験すると思うけど、理不尽な申し出を受けることは男だってあると思う。

うう。
だめだ。この手の話になると冷静ではいられない。
だから、30年経って、渡部さんが告発した気持ちはわからなくない。
そういう傷って治らないから。

こういうのって貞操観念とは別だと思う。いくら奔放な恋愛遍歴があったとしても、それとこれとは別、という気持ちがあると思う。
(少なくとも私はそう)

自分が一番大切にしている仕事の場合、それがもっとも顕著になる。そんなことをしたら、自分の仕事を汚すように思うんだ。
(それほどの仕事かよ、と思う人には思ってもらっていいけど)

だから、この記事は悲しかった。
セクハラは受ける側にも問題あるんじゃないの?と言う女性もいる。
ミニスカートはいたりするから、痴漢にあうんじゃ、というのと似ている。

けどさあ、そんなのこっちの自由じゃん。
「打ち合わせがあるから部屋に来い」って言われて、相手が偉い人だったら、どうやって断るんだよ。そんなの最初からわかってたはず、と責められても、そうかもしれないと思っても、確認のしようもないし、思い過ごしのことだってあるし。

こういう問題で悩んでる人多いと思うことよ。

告発をした渡部さんがこれ以上、傷つかないことを切に願うのでした。