山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

容疑者Xの献身

昨日は、本谷有希子さんの舞台を見た後、映画「容疑者Xの献身」も見たのでした-。

いやあ、知恵と力とお金が結集した作品。日本のエンタメ界の雄が集まるとこういうものができるんだなーと。充分楽しませてもらった。なかでも、ピカイチだなーと思ったのは、堤真一さん。この方って、もともと美形であるけど、この映画では、「人生に絶望したさえない中年男」を演じている。原作では、確か、容姿に恵まれない男という設定であったと思う。

そして、実際、堤さんはそう見える。本当は美形なのに、それを忘れさせる。こういう演技もする方なのだなーと最初は驚く。しかし、見ているうちに、役そのものに見えてきて、彼の抱く絶望や悲しみに共感するようになっていく。

この映画の主役は、福山雅治さんであるけれども、そして、自分も福山さんかっこいいーと思っているけれど、でも、堤さんに主役をとられた感じがする。それくらい、堤さん、魅力的だ。

この映画のサブテーマのひとつに、「美貌」があると思う。殺人のきっかけになる、松雪泰子さんは、「はかなげな美人」として描かれているし、真矢みきさん演じる監察医は、「私に会いたいがために、解剖を依頼する刑事もいるのよ」(原文ままではんないです)のようなことを言う。そして、堤さん、演じる石神は、外見に恵まれなかった男であり、福山雅治演じる湯川学を見て、「おまえはいつまでも若若しくていいな」とつぶやくのである。

今という時代が、どれだけ「外見」によって、格差が生まれるかを自覚して、描いていると思った。それを重く見せるというよりは、さりげなく、冗談のように見せている。秀逸だった。

天才的な頭脳を持ちながらも、世間に認められることもなく、誰からも愛されることもない石神という数学者のもつ絶望が、天才数学者でない自分にも、じんわりと伝わった。つらかったんだよね…と。

そして、彼のもつ「つらさ」のようなものと無縁であった、湯川(=福山雅治演じる、天才物理学者)が、はじめて、友人のつらさに触れるときの衝撃…静かなものだけど…も良かったと思う。そこには理屈だけで切れないもの、正論だけでは解決できないものがある。それは、「情」だと思う。

はからずも、本谷さんの芝居も、「容疑者Xの献身」も、絶望に関する作品だった。絶望のなかにあるかすかな希望…とでもいうのか。

たぶん、この絶望感を抱いているひとは、多いのだろうな-。漠然と。