自分の感覚。これについて、今さら、多少、不安になっている。
いや、なにが不安かっていうと…。
先日、とある女性の悩みを聞いた。同棲中の彼が、結婚してくれるかどうか不安だという。なるべく早く籍を入れたいという。
まわりの友人も次々と結婚するし、親からも「どうするの?」と聞かれるので、早くしたいそうである。
正直、自分にはその悩みがまったくわからなかった。
「一緒に住みたい」というのならわかる。けど、すでに一緒に暮らしているのなら、別に籍など入れなくてもいいのではないか。まわりが結婚しても、自分には関係ないのではないか。
まあ、親がうるさい…というのは、十歩ゆずって、そうかもしれないなーとは思う。けど、ロミオとジュリエットの時代のように、反対されて、殺されるわけでもあるまい。適当にしていれば、なんとかなるのではないか…と思ってしまう。
ところ変わって、今年のお正月、友人のパーティーで知りあった女性。私が自己紹介をしたとき、友人が、「このひとはずっと事実婚なんですよ」と付け加えた。私自身は、事実婚をした覚えはないが、長く一緒に暮らしているひとはいる。自分はふだん、そのひとのことを「同居人」と呼んでいる。
言葉の正しい意味において、同居人だからである。事実婚みたいな、なにか主張あって、籍はいれませんとか、名字は変えませんとか、立派なテーマのものではない。なんとなく一緒に住んでいるうちに時間が過ぎただけである。
まあ、それはともかく。すると、その知りあったばかりの女性が、「日本で事実婚をしていると、なにかと差別を受けませんか?」と聞いてきた。「え?差別?」
短い間、考えた。なにか不利益なことがあっただろうか。えーと、えーと。…ちっとも思い出せない。
なので、「あんまり、ないような気がします」と答えた。
すると、「へえ、日本は、事実婚に差別的だって聞きましたけど…」と仰っていた。(外国暮らしの長い方だったんですね)。
いや、この2例から、考えたのである。自分はもしかしたら、結婚とかそういう部分において、普通の考え方を忘れてしまっているのではないか。同棲が長く続き、結婚できるかどうか不安に思う女子の気持ちや、事実婚みたいなことをして、不都合を感じ、行政と闘っているひとの気持ちがわからなくなっているのではないか。
なんか、そういう結婚とかそういう形式めいたものに、ちっとも関心を払っていなかった。
いや、もちろん、自分は自分なので、わからなくてもいいんだけど、やっぱり、自分は、物語を書くので、そういうとき、「その時代の平均的な考え方をする女子」の気持ちがわかったほうがいい。
主人公は、普通のひとであるほうが、読者を集めやすいのだ。
このズレがなあ…。
でもさ、なんで、「結婚」なの?なんで、籍を入れないといけないの?一緒に住むだけじゃだめなの?
根本的にわからんよ、ここが。
もうひとつの話。
友人(男)が40代後半で会社を辞めて、フリーになった。すると、彼の妻がたいへん心配している…というのである。これも最初は意味がわからなかった。
会社をやめたのは旦那であるから、旦那が不安になるならわかる。初めてのフリーランスとか。でも、妻は関係ないじゃないか。
いや、もちろん、旦那がフリーになって収入が減ったらいやだ…という種類の心配や不安なのかもしれない。それは想像はつく。想像はつくけど、本心を言うと、あんまり理解できない。だって、別の人間じゃん。
収入が減るのが心配なら、その分、自分が働けばいいじゃないか。病気、介護、子育てで自分は働けない…というのなら、旦那以外から収入を得る方法を考えるしかないのではないか。福祉とか実家の親とか、愛人とか、株とか。
いやいや、そういう話じゃなかった。そういう不安になかなか共感できない自分にもうちょっと自覚的になろうと思ったのでした。そういう空気をさ、ちゃんとわかってないと、たくさんのひとに共感してもらいにくいんだよ…ってことを最近、学習したので。
とはいえ、難しいけれどもね。
余談ですが、今日は、劇団「ハイバイ」の「投げられやすい石」を見て来ました。旧作の再演ということでしたが、自分は初めて見たので、ちょっと新鮮だった。これまで見て来たハイバイの舞台と趣がちがっていたから。
時系列にそって事件が起きる、すごくオーソドックスな構成だった。事件そのものは相変わらず、へんてこで面白かった。
これまで見たハイバイの芝居は時間も空間も人物像も瞬時に入れ替わっていくので、初めて見たときは、すごい衝撃を受けたけど、それに慣れた今、時間も空間も人物も入れ替わらないと、「あれ、普通に時間が流れている」とかえって、驚くほどだった。
(余談の余談だけど、芥川賞受賞作「きことわ」も、時間や場所が動いていく物語らしい。それが新鮮で、受賞となったらしいけど、これについて、「演劇界では、普通だし、もっと上手に描いている」とは、知人の演劇通の談話)。
それにしても、主演の岩井秀人さんの、「こわれた芸術家」ぶりはなんとも言えない魅力がありました。
その後、渋谷で、「キック・アス」を見ました。二回目なので、細部を注意して見ることができた。やっぱり好きだわ、この映画。
「キック・アス」がオマージュを捧げている作品、整理して見ないとね。「アメリカン・ビューティー」が出てきてうれしかったす。
とりとめなくてすみません。