山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

21世紀の恋と結婚

結婚相手を探すことを、「婚活」というそうだけど、その様子を見ていて、女子の結婚事情というのが、ここ数年で地殻変動を起こしたんだなーとしみじみ思う。

自分が20代の頃は、恋愛至上主義が台頭してきて、とにもかくにも、恋愛が一番、その先にあるのが結婚という感じだった。私の母の時代は、見合い結婚が主流で、好きとか嫌いよりも、家柄とか学歴とか収入が重要視された。

で、今。まわりを見回すと、先祖返りしているような気がする。婚活に熱心なひとたちは、結構、相手の条件にうるさい。学歴とか職業とかに関心を持つ人が増えつつある。もちろん、以前だって、「三高」なんていって、相手に条件を求めていた。(三高とは、高収入、高学歴、高身長だったと思う)。が、かつてそんなことを言っていたのは、「玉の輿」狙いのファッションも保守的なお嬢さん志向のひと限定だったように思う。ところが、最近は、わたしの働くマスコミ業界のひとも、婚活に熱心になっている。

ちょっと前なら、「ひとりで生きていく」という感じだったひとたちが、婚活を始めている。なにかが劇的に変わったのかな。もちろん、今でも恋愛至上主義のひともいるんだけど、もっと開き直って、相手を探しているように思う。恋愛至上主義の時代を経て、「恋愛感情」などという永遠とはほど遠い、あてにならないものに頼るより、そこそこ気が合って、経済的、精神的支えになってくれる相手なら、その方がいいと考えるは賢いのかもしれない。

以前、連載していた雑誌で、「結婚してキレイになる」という特集があった。最初にそのテーマを聞いた時は、聞き間違えかと思った。「キレイになって結婚する」のではないのかと聞き返した。しかし、間違っていたのは私で、「結婚してキレイになる」のだ。

要するに、よりキレイで快適に暮らすために、「結婚」するのだ。結婚とは、自分を幸せにする、アイテムのひとつでしかない。休暇に温泉旅行に行くように、時々エステに行くような感覚で、結婚を選ぶのだ。その時、肝心なのは、“恋愛”などという、あやふやでいつ消えてもおかしくない感情ではなく、しっかりとした学歴や先の見える職業、情熱的な恋人にはならなくても、自分の話をゆっくり聞いてくれて、自分のキャリアを邪魔しないような人柄だったりする。

これは、私の母の時代の、「お見合い結婚」とはやっぱり違う。より、女子がリアルになっているのだ。冷静に考えると正しい方向に進んでいるのかもしれない。確かに、恋愛=命なんていうのは、ドラマのなかだけにしておいたほうが無難だ。それよりも、落ち着いた暮らしを保証する関係を探したほうがいいのかもしれない。

今夜は、テレビ東京で「婚活」をテーマに番組やっていたので、(ラテ欄を見ただけだけど)、結婚について考えました。ま、自分はすでにいろいろ通り過ぎたので、どっちでもいいのですけれどもね。