山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

熊野へ。

ロサンゼルスから戻り、間髪をおかずに、和歌山県の熊野へ行って来た。



人生、初熊野。

車窓の美しい風景に胸躍った。



なぜか、この地域の海、川の色は、飛びきり美しい。

南国の海ともちょっとちがう、明るい緑なのに妙に神秘的だ。

それはもしかしたら、熊野=中上健次、という刷り込みが自分にあるから
そう感じてしまうのかもしれないけど…。

取材先の窓に無造作に置かれていた、中上健次本…。



田んぼのなかに忽然と立つ、熊野神社の大鳥居。



この鳥居をくぐると、熊野神社の本宮である。



なんか、神秘的。

神々の存在を意識する…。

しかし、取材は、熊野神社にも熊野古道にも、中上健次にも関係のないものであった。

以前、「オイコノミア」に出演していただいた、「ニートの歩き方」の著者、phaさんの活動を拝見しに行ったのだった。

この地で、また、非常にユニークな活動をされているのである。

「お金をかけずに生きていく方法」を模索されている。

働きたくない、ずっとゲームとかしていたい…というと、すごくネガティブで、後ろ向きなイメージがあるが、実はそうじゃない。

お金を得るために、命を削るほど働き、無理して家を買い、「人並み」に拘り、自分の時間ややりたいことを犠牲にする…そんな生き方、やっぱり「へん」だよね、ってことだ。

じゃ、どうしたらいい?

それについての答えを模索し、考えるだけじゃなくて、実践しているのだ。

資本主義ってやつに疑問を感じ始めている自分にとっては、とても気になるテーマなのだ。

いやーとても刺激的な3日間だった。

自分は、彼の生き方をすごいと思い、もっと知りたいと思って、出かけた。

けど、全然理解できていなかった。

というか、甘かった…かもしれない。

結局、自分は、「お金で解決できることはお金で解決する」という方法で生きてきたように思う。

だから、手に職を持ち、余計な人間関係や義理に縛られずに、生きたいと思ってきたのだ。

たぶん、戦後の日本ってそういう方向でいろんなことを進めてきたんだと思う。

簡単な例で言えば、「引っ越し」。

昔は、友人や知人などに手伝ってもらって引っ越しをした。手伝ってもらうかわりに、ご馳走したり、相手が引っ越しするときは手伝う…などの関係によって支えあってきた。

そこには金銭のやりとりは発生しなかった。

が、そこに「わずらわしさ」を感じるひとが多くなり、「引っ越しやさん」という職業が生まれた。お金を払って解決するのだ。

「介護」もそうだ。以前は、嫁や娘が家族の介護を担当した。が、それでは立ちゆかなくなり、公的支援が生まれ、その他にもヘルパーさんなどを雇う…という方法が生まれた。

それはそれで素晴らしいことだと私は思う。

嫁や娘が介護から解放されたし、お金で解決できることはそうしたらいいと思うからだ。

で、今の「お金をかけない」方法というのは、「昔に戻そう」ではない。

(ここは肝心)

血縁とか友人という関係だけで、処理するのは難しいから、他の方法で、お金をかけない解決方法を考えるってことだ。

それを可能にしたのは、インターネットだ。

ネットによるつながりで、お金をかけずに解決していく…。

これが実践されていました。

志が似た仲間がネットを通じて知りあい、束縛しあうことなく、それぞれができる範囲でできることをして、
生活する。

そこには、知恵がありました。

クーラーのない家に滞在しましたので、たいへん暑かったですが…、いろんな意味でとても新鮮な体験だった。

これについては、いずれ、ドキュメンタリーとしてまとめたいと思っています。

日々、刺激的。

熊野から戻り、お気に入り劇団「水素74%」の新作を見たり、エジプトで出会った友人と朝まで会食したりもしました。

これらについてはまた、後日。

これからは映画の脚本を仕上げます。