山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

95年 関西大地震

ETV特集で、作家の高村薫さんが、10年前の関西大地震について語っておられた。

いわく、あの地震を経験してから、書くものが変わった。
6000人ものひとが亡くなったことを忘れることはできないし、そのことを強く意識して書くようになったと。

私は、実際に地震を体験していないけれど、私もひどく動揺したことを覚えている。
その頃は、テレビのバラエティ番組を作りながら、シナリオを時々書き、ドラマの演出もありつければやっていた。離婚しないまま、別のひとと同棲していたし、仕事も生活も全てが中途半端だった。
なにがやりたいのか、どうしたいのか、自分でもわからなくなっていた。

それが、関西大地震、地下鉄サリン事件と続き、直接関わったわけではなかったけれど、このままでいはいけない、と強く思った。
毎日とても動揺していた。
自分の中途半端さが嫌になった。

それでなんとか、回復できないかと考えて、小説を書いた。

そんなことを思い出しながら、高村さんのインタビューを聞いていた。
比べるのはおこがましいけれど、やはり、ああいう大きな事件って直接の被害者でなくてもひとに強く影響するのだなあとしみじみした。

あれから10年か。

地震とは関係ないけれど、高村さんという方はテレビを通して見ていても、堂々として、媚がなく、まっすぐな感じがして、身が引き締まる思いがした。

ほんと、卑近な例で恥かしいけれど、まず、まったくお化粧をされていない。
外見でよく思われようなんて気持ちがみじんもないのだろう。
ざっくりまとめた髪が、風に吹かれて少し額にかかり、銀縁の眼鏡の奥にある目は優しく鋭く光っていた。

年をとるのはこわい。
体力や外見の衰えは現実としてやってくる。が、なるべくなら、見ないようにしたいし、見られたくない。
コモノの私はそう思って、びくびくしている。

しかし、そんなことを気にせずに、生きていけたらどんなにいいだろう。
ほんとはそういう縛りから自由になりたいのに、勇気がない。
自分の根っこのところに自信がないから、繕うことばかり考えてしまう。

高村さんはかっこよかった。
自分の信じるものがあって、それに向かって、真摯に進んでいる感じがして。
インタビューの内容より、彼女のたたずまいや何気ない仕草に強く惹かれた。
テレビの怖さであり、強さでもあると思う。
そのひとの生の部分が映ってしまう。

ああ、なんだか。
また、混乱してしまった。(つくづく、ダメ人間です)