山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

父の葬儀とふたりの男

やはりなんといっても、父の死はここのところのビッグイベントであったので、思うところも、ハプニングも発見も多いので、まだ、この話題で。だいぶ、身辺が落ち着いてきたので、葬儀中のちょっとした出来事について書く。

私は、およそ10年前に離婚しているのだけど、当時の夫とは今も仲良しである。お互い映像業界に身をおくし、映画や文学の趣味が似通っていたところからつきあいが始まったという過去があるため、恋愛や結婚という男女の時期が過ぎても、数少ない心許せる友達として時々食事に行ったり、気に入った映画について電話をしあったり、恋愛の相談にのってもらったりしてきた。

そんな関係だし、父とも面識があったので(って、結婚してたから当然なんだけど)、父が亡くなった時、すぐ彼に連絡した。彼は、通夜そして、翌日の告別式にも駆け付けてくれた。
よくわからないけど、仏式で葬儀を行った場合、出棺のとき、必ず「ご親戚の男性」が棺を担ぐことになっている。なぜか、男性だけ。

もちろん、棺っていうのはそれなりの重いものであるから、女性を集めても仕方ないけど、フェミニストでもなくはない私からすると、ちょっとひるむ習慣ではある。
なんで、女は担いじゃだめなの?
(重さの問題だけでなく、多分、女性は不浄とかそんなことなんでしょうけどね。女が担いだら、成仏できないとか?)

と、テーマは仏教における性差別ではなかった。

そんなわけで、前夫は葬儀にやってきて、棺を担いでくれた。親戚じゃないけど、いいじゃんって感じで。
一方、私には、現在の恋人がいる。彼もまた、私にとってはかけがえのないひとなので、葬儀には来てもらった。結婚しているわけではないので、親戚たちにとっては「あのひと誰?」ってことになる。

母や姉妹とは面識があるので、これもまた、「ま、いいじゃん」ってことで参列してもらった。そして、出棺の時、彼にもまた、手をかしてもらった。

ふうむ。
親戚がどう思ったか知らない。家族からは、「どうせ、そんな奴」と思われている私である。
亡くなった父はどうかな。父は、ふたりの男と面識があったし、一緒に食事をしたこともあったから、彼等に(って、他にも親戚の男性は参加していたけど)、棺を担がれて、ちょっと苦笑いしたんじゃないかと思う。

前夫と現カレは面識がないから、その場で紹介しようと思っていたけど、告別式ってバタバタだし、ひとりは遅れてくるし、それどころじゃなかった。
そんなわけで、互いには見知らぬふたりは並んで、棺を担いでいた。父が亡くなったこととは別に、奇妙な感覚にとらわれた。そして、ちょっと嬉しかった。ふたりが仲良く、自分の父の棺を運んでいる姿が。

こんなことを考え、こんなことを書く自分は不謹慎でしょうか。