山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

恋愛は仕事なのか。

恋愛と結婚をテーマにした短編小説を連載している。(ファッション誌「MISS」・世界文化社)。

そのせいもあって、恋愛と結婚って、最近どうなっているのかなーと考えることが多くなった。って、前からよく言われてるテーマだけど。で、最近、死ぬの生きるのって大恋愛じゃないけど、なんとなく気の合うひとと、友達みたいなのんびりした恋愛、その果てに結婚っていうのもいいんじゃない?というゆるい考えのひとも多いように思う。

ちょっと考えてみたら、30年くらい前までは、結婚って女性にとって仕事みたいなもんだったのよね。永久就職なんて呼ばれていたし。ほとんとの女性にとって、結婚しないとご飯を食べていけない、(そんなに充実しな仕事がない)ってことから、結婚は女性にとっての生きる道だったわけだ。だから、好きとか惚れたとか言う前に、ちゃんとご飯を食べさせてくれて、子供が生まれたらその面倒も見てくれそうな条件を持った男が望まれた。そうやって結婚しても、大部分のひとはうまくやっていたのだろう。

ところが、80年代くらいから、恋愛こそ人生の一大事ってことになり、結婚は恋愛の先にあるべき!という空気が生まれた。ドラマも歌も小説も「愛こそすべて」と大合唱したのでした。ところが、かけがえのない恋愛であるけれども、残念なことに破局しやすい弱さがあったんですね。そして90年代、恋愛に夢破れたひとたちは、負け犬となって、仕事と女の友情に励むようになりました。あるいは、もっと低い体温で、一緒に暮らすのはいいかもしれない男と所帯を持つにいたったというわけだ。

で、今はすでに2000年代を8年も過ぎて、すっかり棲み分けされてる感じがする。一方で、恋愛体質と呼ばれ、年中、ハートマークを飛ばしている男女もいれば、恋愛だるい派もいるし、そこそこで手を打つ大人派もいる。映画やドラマもこのニーズに合わせて、細分化した。相変わらず、恋愛一本もあるけど、それだけだと大ヒットは見込めないようだ。

だから、なんだっての?

と問われるともう、「お好きなように」としか言いようがない。「選べる」ってことは幸せだ。もちろん、選べるがゆえの不幸もある。深く考えずに、親の決めた相手と結婚し、子供をつくって、知らないうちに適当に幸せという結末だってあるはず。

これは、仕事も同じような気がする。「自分を生かせる仕事」「自己実現」ばかり夢見て、仕事を選んでいると、気づくと何年も過ぎちゃって、フリーターのままってこともある。それより、とりあえず働いて、そのなかで、幸せというか満足感を見つけていくって方法だってある。あんまり「自分の気持ち」にばかり焦点を当てすぎると、空回りすることだってある。これは恋愛も似ている。映画やロマンス小説が描くような、唯一無二の、運命の相手を探していると、いつまでたっても恋は始まらない。そこそこの相手とそこそこの幸せを築くことの良さもある。

あれれ。どっちなんだか、自分でもわからないけど、自分にこだわり過ぎるのは、身体によくないっすとは思います。自分もどちらかというと、そっちに走りやすく、前半生をそれに費やしてしまって、もう少し、リラックスして、まわりを見れば良かったなーと思うこともあるのでした。

ということで、今夜も結論なし。バナをクリックよろしくです。


今日、花屋さんに行ったら、桃の花が売ってた。もう、春よのう。