山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

舞台「エゴサーチ」

昨日は、「名曲探偵アマデウス」の宴会があり、久しぶりに、朝近くまで、遊んでしまいました。楽しかったです。

本日は、夜、紀伊国屋ホールにて、虚構の劇団「エゴサーチ」を見ました。初日でした。

第三舞台の芝居は、20代のころより見続けてきたのですが、同じく、鴻上尚史氏の作・演出です。鴻上さんの舞台を見るのは、「僕たちの好きだった革命」以来です。

第三舞台のころより、中身がどんどんリアルになっているような気がする。リアルっていう表現はちがうか。

今日の舞台も、沖縄にいるとされるキジムナーという妖精が出てきたり、幽霊が出てきたりするので、リアリティがあるかと問われたら、現実的ではないけれど、物語の構成要素は、リアリティがあった。

…というか、とてもわかりやすかった。芝居の最後にはすべてのなぞが解けて、収まりがいいと言うか、全部解決、納得できるようになっていた。非常にたくみなストーリー展開だった。

小劇場の芝居を見たことがない人…というより、舞台を初めて見るひとでも、充分、楽しめる、よくできたエンターティメントになっていた。

ちょっと、自分などからすると、もっとわかりにくくてもいいし、謎が残ってもいいから、混乱した世界をまるごと移したような、読後感を残してくれてもよかったかなとは思う。

しかし、観客にはたいへん、受けていたから、いいのかもしれない。

どっか自分は、洗練された作品より、まだごつごつしているけど、どうにもならない、強烈な魅力を放っている作品が好きだ。
これは映画も舞台も小説についてもそう。

ストーリーとかつじつまとか、ぎりぎりで保っているような、あるいは、成立していなくても、どっかぞわぞわするような、見たことのないもの…そういうもんにひかれてしまうのね。

そういう作品って、作者がどーしてもそれを作らないといられなかった…という場合が多く、力がこもっている分、もしかしたら、ひとは一生に何度もそんな作品は作れないのかもしれない。若いひとの作品に多いけど、なにも年齢だけじゃなくて、
どうしてこれを作りたい…という執念が宿っていると年齢は関係ないのかもしれない。

が、それではプロにはなれないから、プロになるとどんどん作品が洗練されていくんだよね。ある種の完成を見るというか。
そういう意味で、今日の舞台は、とても完成されていたと思った。

舞台を見た後、家で「うぬぼれ刑事」を見て、次に「熱海の捜査官」を見て、「モテキ」を見る予定でしたが、「熱海」前で、偏頭痛が起こり、断念。

数日前にMRIの結果が出て、とりあえず、「脳は大丈夫」ってことだったんだけど、相変わらず、偏頭痛は起こる。

偏頭痛って、脳の疾患に原因がない場合、真の原因は不明らしい。

ざっくり言えば、脳の肩こりみたいなものらしい。

引き起こすものとして…

チーズ、ワイン、チョコレート…などがあるんですよー。これって、びっくりだよね。ワイン飲みながら、チーズとチョコレート食べたら、偏頭痛が起こりやすくなるなんて…。

あと、かんきつ類もそうらしい。

そんなわけで、「うぬぼれ刑事」見ながら、レモンパイを食べたことが、偏頭痛の原因じゃないかと想像する。クリームチーズ入ってたから。

あと、観劇で肩こりが悪化したことも誘発原因として考えられる。

なんかさー、数年前から、お酒はほとんど飲まなくなり、ここへ来て、チーズやかんきつ類やチョコレート…高脂肪なものは避けたほうがいいってなると、ケーキもダメってことになり、なにより、首を長時間同じ形で固定するのがだめ…つまり、劇場で映画や芝居を見ると、頭痛がしやすくなるなんて…。

自分にとっての数少ない楽しみが、どんどん危険なものになっていく…

年をとることは悲しい…

あ、愚痴っぽくなりました。なので、今夜は体調不良のため、早仕舞いです