山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

大人計画の舞台など。

ここ一週間で、3本舞台を見たので、その感想を。

1)まず、五反田団「迷子になるわ」@東京芸術劇場

なにか、確実に、今の若いひとたちの感覚は自分の頃と変わっているのだ…ってことを感じさせられた舞台。

恋愛に対する憧れとか強い思いとかが、圧倒的にない、もしくは少ないんだなーってことを思う。

自分が青春を過ごした80年代の小劇場って、「恋愛」とか「モテ」とかがテーマになったり、大きく扱われることが多かったように思う。あるいは、等身大の悩みみたいなものを描く…というか。

けど、五反田団を見ていると、登場人物が男か女かってことはどっちでもいいように描かれている。もちろん、デートしたり、つきあったり…という男女関係は出てくるんだけど、それは、「ひとつの関係」に過ぎなくて、特別のものでもなんでもない。

それから、女子の外見が「きれい」とか「かわいい」とか、そういう基準もあまり重要視されてない…ように感じる。

じゃ、なにがテーマなの?と問われると、ううむ。難しいな。

舞台の上で、時間がねじれている。「今」を演じていたはずが、未来に延びていったり、再び、過去に戻っていったりするんだけど、「回想」とか、タイムスリップとかではなく、過去も未来も今も、平坦なものとして描かれている。

それが特別なことではなく、日常の延長線上に現れる。だから、しっかり見ていないと、今がいつだったのか、そして、場所も瞬間的に移動していくので、ここがどこなのかすら、わからなくなる。

そのめまいのような空間に誘い込まれ、そのなかで、日常が繰り広げられることを体験するのだ。新鮮というか、シュールというか、わけわかんないなりに、なんか、惹かれる。

2)大人計画「母を逃がす」@本多劇場

五反田団に比べると、大人計画は、ずっと見やすい。場所は決まっているし、時間も普通に流れている。

が。

だからって、普通の世界が描かれているわけじゃない。こっちはこっちで、もっと強烈な勢いで、いろんなものをつきつけてくる。生命力の強さや業の深さを感じさせる舞台。

例えば…。
設定は、クマギリという架空の村なんだけど、この村のなかに仲の悪い二人の男がいる。彼らに仲直りをさせようとして、村を治める男が、ふたりにキスすることを要求する。「仲直りに男同士でキス!」ですよ。

二人は最初は、抵抗するけれど、キスを始めるとだんだんと気持ちよくなってしまい、抱き合い、さらに進んでいく。

こういう描き方って面白いよなあ。この芝居では、各所に、「男と女の境界線なんて危うい」あるいは、「性欲とはなにか?」みたいなテーマがうめこまれている。

男のような身なりをした、元・警察官の女性に対して、いちいち「女刑務官」と呼びかけたりする。あえて、「女」とつけることで、性差別ってなにかを笑いながら問いかけているように見える。

基本的に笑って見ていられるけど、底に流れている、常識とか現状とかのばかばかしさを批判して笑う精神は強烈。しびれる。

3)そして、鄭義信さんの「アジアン・スイーツ」@スズナリ

これは一番、ストレートな舞台。鄭義信さんが、金久美子さんのために書いた舞台の再演。主人公は、脚の悪い40歳近い女性。彼女はずっと家族の犠牲になって生きてきた。奔放な母は家出し、酒に酔うと暴れる父親と何をやってもうまくいかない弟の面倒を見て、地味に暮らしてきた。そんな女性が、全部ふりきって、幸せになるまでを描いている。

シンプルだけど、痛みをはらんだ作品。初演の舞台をVTRで何度も見ているので、セリフなども覚えていて、なかなか客観的には見られなかった。

というわけで、ここのところ見た舞台の感想でした。舞台って、一番最初に変わるものかもしれない…ってちょっと思った。映像よりお金もかからないし、タイムラグが少なくてすむから。ライブだし。

とはいえ、まだ、「死」が描かれるとちょっときつかった。自分のなかで、消化できていないので、冷静には見られないんだな。ぐぐっとなる。大人計画の舞台で、豚が殺されているのを見て、「笑う場所」なんだと思うけど、見られなかった。つらくてね。よわっちぃ自分。

まだまだ、精神的に立ち直っていないので、強烈なものは受け付けないのかもしれないけど。

でも、舞台は新鮮で好きダー。やっぱり、見たい。