山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

京都疎開の日々1

昨日、京都に疎開してきたことを気に病んでいる…と日記に書きましたら、数々の方々から、あたたかく、やさしいメールをいただきました。

そんなに罪悪感を持たなくていいですよ…というメール。

ありがとうございました。

メールを開くたびに、こわごわしていたのですが、非難するものはひとつもなく、あー自分のブログを読んでくださる方は、みなさん、心が広いのだなー、優しいのだなー、私の弱さを知ってくださっているのだなーと泣けました。

おいおい、おひとりずつに返事を書きたいと思います。すごくほっとしました。まず、ここでお礼を言っておきます。

そんなわけで、京都疎開2日目です。

今、ぼんやりと思いましたが、たとえば、戦争のとき(いわゆる太平洋戦争のとき)、多くのひとが疎開したと思いますが、そのときも、「うしろめたさ」や「非難」ってあったんでしょうか。

「贅沢は敵だ」とか「非国民」とかという揶揄があったことを聞いていますが、「疎開」についてはどうだったんでしょう。そんなに否定的なものはなかったように思います。

戦時中と一緒にしてもいけないとは思いますが…。

今日は午後から近所のお寺に行って、庭など見てまいりました。ここは京都のはずれなので、観光客もいず、どこも閑散としています。

静かに日常が流れているようです。テレビやツイッターを見なければ、東北があんなに大変なことになっているなんて、想像できないくらいです。

ホテルでは、卒業式あとの女子大生と見られる、華やかな集団が、大きな声で笑いながら、記念撮影をしていました。

目をつぶってしまえば、なにもなかったように思えるかもしれません。

でも、そうはいきません。

夕食は、四条河原町に出て、おばんざいの店で食べました。

たまたま、隣に座った方も横浜からの疎開組でした。

普段、自分は人見知りであり、見知らぬひとと積極的に話すほうではありません。(仕事などの必要がないと、何気ない日常会話や世間話が苦手です)

けれども、京都に来てからは、疎開組の人に会うと、よく話すようになりました。

やっぱり不安だからでしょうか。同じ思いを共有できる相手を探しているからでしょうか。

今夜、話した方は、90代(!)と80代のご夫妻とそのご子息。

小さなカウンター席の店で、隣同士でした。

92歳のおじいさま、いわく、

「90まで生きて、いつ死んでもいいので、横浜にいると言ったんですけど、息子が心配するので、若いひとの足手まといになってはいけないと、こっちに来ました」

この方、90代とは思えない、元気でしっかりした方でした。元・海軍大将だったそうで、激戦地ラバウルにいたこともあるという、強運の持ち主。

戦争体験を聞いたり、これからどうするのかなどを話しました。

(疎開していると、今後、どうするか…というのがテーマになります。とりあえず、来てみた…ってひとが多いんですよね。私もそうですが…)

このご家族は高齢なこともあって、すでに関西に部屋を借りたそうです。

ぼんやりしていないで、不動産やめぐりをしたらいかがでしょうかとアドバイスされました。

納得しながら、一方で、東北から東京に避難してくる方もいるというのに、複雑な思いでした。

こちらが疎開してあいた部屋を東北から疎開してきた方に貸す…こともできると思うのですが、でも、じゃあ、こっちの疎開の意味はなんだ…?という気にもなりました。

というわけで、今日もゆらゆらです。

けれども、ひとつ気づいたことは、自分にわずかでも役割があるとしたら、「広報」ではないかと思いました。

広報…というと宣伝みたいですが、そうじゃなくて、広く伝える…という意味です。

だいたい、文学や映像作品も、「その世界で、ひとはなにを思って、どう行動しているか」ってことを伝える役割がありますよね。

「世界をどう見ているか」「どう見えているか」

知り合いのひとだけの話し合いも大切ですが、「ひとはこういう風にも考える」「こんな行動もとる」ということを、書いたり、描いたりすることも大切だなと思った次第です。いまさらかしら。

今のような、「未曾有」の事態にあって、「ひとはどんな風に考えているか」を知りたいひとは多いはずです。

過去の文学作品や映画にももちろんありますけど、リアルタイムで、「こんな風に感じ、こんな風に行動しています」と告げることは、無意味ではないと自覚しました。

それが、弱きものの行動であったとしても、世界は強きもの、立派なものだけでできているわけではないので。

いろんなひとがいる…ということだけでも、伝える意味はあるのではないかと。

疎開者の気持ちを正直に書こうと思いました。あと、こちらで出会った疎開者の行動も、テレビなどではなかなか報道されないと思いますから、情報としても有効なのではないかと判断しました。

事実として、そうある…ということであります。

自分としては、母親を安全な場所に置いたら、都内に戻りたいのですが…。