山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

「八日目の蝉」

先日、「八日目の蝉」の映画を見まして、小説との差について、考えたことを書きます。

小説「八日目の蝉」については、「不倫がテーマ」とか「母性」がテーマとかいろいろ言われていますが、自分は、か弱きものを助ける者もまた、か弱き者である…というふうに読みました。

不倫についての小説とも思えないし、母性が重要なテーマとも思えなかったのでした。

小説の主人公は、不倫相手の男の子供(乳児)をさらって逃げます。この逃避行がメインになっていますが、そこで彼女を助けてくれるのは、友だちでも男でも家族でもなく、見ず知らずの、どこか怪しいひとたちです。

最初は、女友達の家に逃げ込むわけですが、主人公は、そこに長居できない…と判断します。友だちに迷惑をかけたくないからです。主人公は誘拐犯という犯罪者ですが、良心はあるのです。

次に彼女がたどり着くのは、見ず知らずの、一人暮らしのおばあさんです。訳も聞かずに、赤ん坊をつれた怪しい女であるところの主人公に、住むところを提供してくれます。

主人公もまた、このおばあさんが、おかしなひとであるからこそ、多大な罪悪感を持つことなく、この家で暮らすことができます。このおばあさんもまた、秘密を持ち、それゆえ、孤立しているわけです。

このおばあさんの秘密が明らかになる頃、主人公は自分が犯罪者であることがばれるのを恐れて、老女の家を出ます。それまでには、お互い干渉しあわない、はぐれ者同士の連帯のようなものがありました。

次に主人公が流れつくのは、女性だけで暮らす、宗教団体のような施設です。ここもまた、世間の常識から逃れてきた者ばかりの場所ゆえ、犯罪者かもしれない主人公を受け入れます。

ここもまた、世間の善悪の彼岸のかなたに存在している場所なのです。それゆえ、主人公はここで、数年、穏やかに暮らすことができます。

しかし、そこもまた、世間と対立しているがゆえ、安住の地にはなりません。再び、逃げることになります。

次にやってきたのが、小豆島です。女性団体の施設で知りあった友人の故郷です。ここは、世間と隔絶された、怪しい場所ではありません。普通のひとが暮らす、普通の島です。

それでも、最初に主人公の住み処になるのは、ラブホテルの従業員用のアパートです。アパートの住民たちも、犯罪者ではないにしろ、世間から抜け落ちたようなひとばかりです。でも、そこで、主人公は平和に暮らすことができる。

次にやっと、非常にまともな環境に暮らすことになる。それは友人の故郷である、製麺所であり、友人の母親からあたたかく迎え入れられます。そこで働くうちに、信頼もされ、幸せな暮らしを手に入れることができます。

しかし、そこはごく普通の暮らしであるがゆえ、警察なども近く、結局、主人公は警察の手に落ちることになるのです。

というわけで、私はこの小説を、日本で犯罪者となったものが、どのようにして生き延びるのか、しかもそれが、幼い子供を連れた女だった場合はどうなのか?…という考察だと思いました。

ふと、思い出したのは、シングルマザーのキャバクラ嬢が幼い子供を放置して死なせてしまった事件です。確か大阪で起こった…。(母親は非常にバッシングされ、母親に同情し、擁護する者までバッシングされました)

あの事件の主人公もまた、幼い子供を抱えた母親でした。彼女が子供を死なせるほど、ひとりで追い詰められていった…誰にも助けを求めることができなかった…という部分が、この小説と重なったのです。

つまり、幼い子供を抱えた、ワケありの女は、公の陽の当たる場所やシステムやまともな家族には殆ど助けてもらえないのだろう…ということです。

いえ、犯罪を犯した者を匿う必要はないと思いますが、困っている者を、善悪の彼岸を越えて、常識を越えて、助ける…というのは、同じように傷やマイナスを背負ったものたちである…ということをこの小説はあぶり出してみせていると思ったのでした。そして、そこが優れていると。

なので、映画を見たとき、少々違和感がありました。母と娘の物語に収れんしていたので。小説は逃げている主人公を描きながらも、匿ってくれる側もまた、描いていたからです。そうすることで、見えてくるものがあるように思いました。

映画では、逃亡劇よりも、誘拐された娘のその後を描くことが中心となっていて、それはそれでまったく別の物語でよいのですが、ほんの4歳までの記憶だけで、母と娘の関係を描くのは少々ムリがあるように思えました。

むしろ、その後一緒に暮らした母親との関係のほうが大きいのではないかしら。だとしたら、そのための物語をいちから作らなくてはならず、それを描くことは原作から大きく離れていくかもしれないけれど、それが真摯な態度ではないかと思いました。

……映画と小説は別ものだし、1度テレビドラマになっているから、アレンジしないといけなくて、大変だったんだろうなーなどと余計なことも考えてしまいました。

とりとめのない感想でした。