山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

オタクとやりまんのパラダイムシフト

アメリカのテレビドラマ「ビッグバンセオリー」を見て、決定的な感じ、時代が動いていると感じたのでそのことを書きます。

「ビッグバンセオリー」について、説明しておきましょう。

ロサンゼルスのアパートに二人のオタクが住んでいます。オタクといっても、ふたりのIQを足すと300はゆうに超えるという天才的な頭脳を持つ、物理学者です。(20代半ばくらい?)

で、この二人、確かに頭はいいんだけど、常識に欠け、もちろん、女にもてない。

オタク仲間と対戦ゲームで闘ったり、シューティングゲームで中学生のグループと実戦したりしています。

つまり、オトナのくせにやっていることはほとんど、中学生。

そんなふたりのアパートの隣のへやに、女優志望だったけど、いろいろあって、今は、ウエイトレスをしている、巨乳で美人で、ちょっとバカの女性が引っ越してきます。

オタクのうちひとりは、すぐに彼女に一目惚れ。なんとか気をひこうとするけど、全然かなわず、もう一人はそもそも女性に関心がない。ゲイでもないのに。

隣の女子は、オタクたちをデートの相手とは全く考えない代わりに安心して遊びにきたりします。

この関係を30分のコメディ(シットコム)で描いてます。雰囲気は、ジェニファー・アニストン(ブラピの前の奥さん)が出ていた「フレンズ」に似ています。

で、このドラマ見ていると、男女の恋愛におけるパラダイムシフトが完全に、もしくは、かなりのスピードでかわりつつあるってことです。

まず、このオタクたち、女性に関心はありつつも、自意識のほうが強すぎて、うまく恋愛ができない。当然その先にあるはずのSEXもできない。でも、オタク友達がいて、ゲームがあれば、それなりに幸せ。

無理して傷つくより、ゲームやってよう…って感じです。

一方、オハイオの田舎から女優目指してできた女子は、男の途切れないタイプ。バカだけど強引なマッチョと次々関係をしてしまう。彼女の友人は、もはや、オタクたちから見ると、「娼婦」以外の何者でもないくらい。

要するに、やりまん。

性に対する倫理感が薄れた今、やりまんってもしかして急増しているんじゃないか、しかも世界的に。(先進国限定)ってことを思った。

それも、罪悪感なきやりまん、批難されなくなったやりまん。

これ、美人だった場合、最強なんじゃないか。

だって、自分の欲望をほぼ全開できるでしょう。美人で巨乳なら。向かうところ敵なしだよね。

で、一方、自意識過剰のオタクたちは、妙にかたくなになって、「傷つくくらいなら、ひきこもる」ってことになってる。

もしかして、これが、今の男女関係の世界地図なのだろうか。

思えば、「モテキ」のフジくんだって、サブカルオタクだし、自意識過剰でセカンド童貞だったし、彼のまわりにいる女子はやりまんとまでいかなくても、「ビッチ」くらいは言われている。わりと自由にセックスを謳歌してる。

この構図。

これで得をしているのは、女好きの中年オヤジ。「モテキ」で言うと、リリーフランキーさん演じるひと。とんびが油揚げを持って行くように、同世代の男子が、自意識にさいなまれて、女子に手を出せないでいるすきをぬって、強引に女子を押し倒して行く。

もしかして、今ってこういう時代。

前に20代の女子(美人)が、「セックスにもちこむ」と言い方をしたとき、「あれ?」と思った。

「セックスにもちこむ」って発想は男のものだったでしょう。うまく、「持ち込まれてやる」っていうのが女子の選択肢ではなかったか。

彼女は言った。「私は安全よ、やれるよ」というアピールをさりげなくしないと、相手が乗ってこないので、そのさじ加減が難しいと。

その点、オヤジは楽でいいと言っておった。オヤジはたいてい、そんな面倒な手を使わなくても最初からよだれをたらしているからと。

でも、彼女がとりたいのは、同世代のイケメン。となると、テクニックがいると言っていた。

そうなんだー。

果たして、今の女子は幸せになったのか。

男はみんなオオカミと言われた時代ははるか遠く。

男女が、一晩一緒に過ごしただけで、「お泊まり愛」なんて週刊誌は書くけど、別に一晩一緒に過ごしたって、必ずしもそういう関係になるもんじゃないし。

けれども、やっぱり、よい時代になったんじゃないでしょうか。女性の罪悪感が減っただけでもよかったし、やりまんが市民権を得たのが何よりよかったよ。

「ビッグバンセオリー」に出てきた、『ほとんど娼婦」と言われた彼女だって、ごく普通の女の子だったし、「ほとんど娼婦」であっても、オタクたちは普通に対処していたよ。

娼婦=悪という感じ方もうすくなっているように思うのは希望的すぎるかしら。

先日、北原みのりさんの「アンアンのセックスできれいになれた?」を一気読みした。

「セックスできれいになろう」とうたっていたアンアンがものすごく保守的になって、男の喜ばせ方を伝授しているって書いてあった。それもひとつの側面かもしれない。

男子の性欲低下…と自意識の異常な強さ。

本能と言われていたはずの性欲よりも、「自分」のほうがどれほど大事か…ってことになっている。

いろいろ難しいけど、でも、興味のつきない楽しい時代のようにも思える。

自殺者3万人だし、そのほとんどが男性なので、安易に「楽しい」なんて言ってられないのですけれどもね。

今夜はここまでです。