山田あかねの一喜一憂日記

テレビディレクターをやりながら、小説書いてます。映画も撮りました。脚本なども書いてます。 本、買って下さいね。

父のムスメ、母のムスメ。

先日、上野千鶴子さんと島崎今日子さんのトークショーに行ってきた。

このとき、ちょっと話題になったのが、「父のムスメ」「母のムスメ」というもの。

なんのこと?…と思うかもしれないけど、たとえば、女性で成功するひとは、「父のムスメ」である場合が多いという。

「父のムスメ」とはなにか?

つまり、父との関係が良好で、父から愛され、期待され、まるで息子のように育てられたムスメのことを言う。

一方、「母のムスメ」とは、母との関係が強かったムスメを指す。友達のように強烈に仲のよい母娘もいれば、お互い憎しみあうような、犬猿の仲の母娘もいる。

たいていのひとは、どっちともそこそこ仲良しだったりするだろうけど、中には、「あー私は母のムスメであった」あるいは、「父のムスメっていう実感ある」っていうひとがいるだろう。


「父のムスメ」が成功しやすい…というのは、なんとなく、わかる。

父とは、家族における、外部…というか、社会との接点であるから、その外部の者から期待され、ほめられて育てば、「外の世界は私を待っている」という認識を持つだろう。

また、父=年上の男、であるから、社会を形成している「年上の男」にかわいがられる術を早くから身につけることができる。

よって、「父のムスメ」はすいすいと社会を泳ぐことができ、結果、成功を手にする。

果たして「母のムスメ」はどうなのか。これはなかなか難しい。

作家系のひとで、母との強烈な関係を書くひとは多い。たいていは愛憎半ばした、対立構造。これがテーマの女性作家って多いような気がする。成功するかどうかはわからないけど。

さて、自分であるが、私は、「父のムスメ」でも「母のムスメ」でもない。両親ともに、割と縁が薄い。

「家族」という概念にあまり興味がないのもそのせいかもしれない。特別の憎しみもこだわりもないかわりに、強い愛着もないのだ。

そして、強いていえば、自分は「祖父の孫」であった。

子供時代を思い起こせば、もっとも、濃密な関係を築いた家族とは、祖父であった。私は祖父に育てられ、多くのことを祖父から学んだ。祖父のように生きようと思った。

「祖父の孫」というカテゴリーのムスメは、どういう人生を送るのだろうか。

あまりサンプル数が多くなさそうだけど、ちょっとへんてこになるのかもしれない。

祖父は男であるけれども、すでに社会から離れた世代である。そのようなひとに取り入るのはうまいかもしれない。けど、現役ばりばりの男とは折り合いが悪い。

よって、疲れたひと、おりたひと、欲望が減ったひと…とはうまくやっていけるのだった。

…なんてね。科学的根拠はないけれども。でも、そんな感じです。

わたしは、「祖父の孫」キャラでございます。