山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

原作本と映画の関係

あっという間に月日が過ぎて、すでに5月も終わりになってしまった。

犬の映画を作っていて、これまで撮った来たドキュメンタリーと新しく撮り足したドラマの融合という、新しいスタイルを試みている。

で、参考にしている映画がいろいろあって、例えば、マイケル・ウインターボトムの「ウエルカム・ツー・サラエボ」。

これは、内戦状態にあったボスニアに取材にいったテレビの記者が、サラエボ取材中に出会った、ボスニア人の孤児をイギリスに連れて帰る、という物語。

取材者である前に人なので、ひどい状態の子供たちを見た時、取材しているより、ひとりでも助けたいと思うのは、とてもわかる。

自分も犬の映画を撮りながら、1頭でも助けたいと思ったので、すでにうちには2頭の保護犬が暮らしている。

「ウエルカム・ツー・サラエボ」もまた、ドキュメンタリーとドラマの融合で、悲惨な戦闘の様子は実際の映像を使っている。取材者と少女の出会いやその脱出劇は、フィクションとして撮影されている。

なので、参考にしていたのだけど、最近、この原作本を読んだ。

すると、映画とはだいぶ違っていた。

映画では少女との出会い、救うと決めるまで、そして脱出の様子、までが主に描かれているのに対して、本では、その部分はさほど分量が多くない。

なぜ、ボスニアが内戦状態にあるのか、という説明があり、著者のこれまでの経験があり、(数十年に渡って世界中にあらゆる戦場を取材してきた経歴)、少女をイギリスの家に引き取ってからのあれこれが書かれていた。

この本のなかでは、「少女を救うと決める」「実際に、脱出させる」は一部にしか過ぎない。それを取り巻く出来事のほうがたいへんなのだ。

これを読むと原作から映画化にするときのコツのようなものが見えてくる。

コツ、と言っていいかわからないけれど、この中でもっともドラマチックで、もっとも人々の関心を寄せる部分はどこか、を考えて、映画のストーリーを作っているのだ。

映画の始まりに描かれる、結婚式に出かける家族が狙撃手に撃たれるシーンなどは、本にはない。ただ、実際に起こったことは確かで(そのニュース映像があるから)、それを生かしているわけだ。

本を全部映画化しようとするとたいてい失敗する。

どの部分を広げるかをちゃんと考えないといけないんだ。

しかし、この本を読むと、当時、ヨーロッパおよびアメリカで、この「少女救出劇」がとても注目を集めたことを知る。

(日本のメディアもこの記者と少女を日本に招待しようとしたらしい。…私は知らなかった。)

彼女はイギリスに着くとメディアから追い回される。たくさんのひとの好む美談だからだ。

だから、この記者はこの本を書いたのか、という事情まで見えてくる。そして、ベストセラーになり、映画化。

ここまでわかってくると、ちょっと映画の見方も変わってくる。ヒットを予測して作られたものなんだ…。

が、しかし。

実際にあったことをドキュメンタリーとドラマで再構築する、という意図に変わりはないし、参考になるの確かだ。

何事もていねいに調べてみないとわからないよね。

これだけ長く生きても、知らないこと、はっとすることがたくさんあるのは楽しいけれど。