山田あかねの一喜一憂日記

心に引っかかるテーマは前後の見境なく取材に行きます。映画、テレビ、本つくってます。

美人のプラスとマイナス

書き物中心の仕事の時には、滅多にひとに会うことがなく、ひとり静かに粛々と書いているだけだが、いったん、演出業が始まると、日々、慌ただしく、忙しくなる。たくさんの人に会うことになり、初対面の場合も多い。

一応、演出家、監督として、いろんなひとびとにお会いするのだが、その度に緊張する。「どんな監督だろう」と値踏みされると思っているからだ。そういう時、もっとぱっとした見た目(=わかりやすく美人)だったら、どんなに楽だろう…と思ったりする。ひとめでひとを惹きつけることができるし、ちょっと強気に出られるような気がする。しかし、現実はそうではないので、内心どきどきしながら、その場に臨むわけである。

が、よおく考えてみると、例えば「美人監督」だったとすると、初対面では多くの人を惹きつけることができるだろうけれども、果たしてそれが本当に得なのか…と思えてきたのだ。見た目で相手を惹きつけるというのは、プラスからのスタートである。何もしていないのに、得点を持っているようなものだ。

実際、仕事が始まって、実力があれば、点はどんどん加算されて、いうことナシだろう。が、もし、仕事の実力が、普通だったり、ちょっとダメだったりすると、最初に期待されただけに、マイナス感が強くなる。最初の好印象から日々マイナスになっていくのだ。

そこへいくと、並の容貌だった場合、最初は注目されなくても、日々、本来の仕事で頑張ることで、「普通のひとだと思ってたけど、案外やるなー」と思われ、プラスの日々となる。あるいは、「ぶさいく」からのスタートだった場合(=マイナスからのスタート)、実力があれば、「見た目はあんなだけど、実力あるんだよねえー」と深い尊敬を勝ち得て、大きなプラスの日々となるのではないだろうか。

ひとは美しいものに対して、中身まで美しくよくできたものであってほしいという願望を抱くものだ。だからこそ、美しいものが失敗すると、必要以上に騒ぎ立てる。芸能人のスキャンダルとはそういうものでだろう。

ということで、「初対面で相手をあっと言わせる」見た目じゃなくて良かった…妙な胸のなで下ろし方をしているのである。いえ、ちょっとここのところ、監督業としていろんなひとに会うことが多くて、ちょっぴりそんなことを考えたのでした。

女優さんはモデルじゃないんだから、中身だよ、中身。いーや、女優さんっだって、モデルさんだって、中身は大切だもんね。

と、わけのわからないことをじっくり考えた夜でした。